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夜依存症

 時間がどこまでもゆっくり流れている。

 今週末に控えたギターのレッスンに向けて、バリオスの“大聖堂 第三楽章”の暗譜を済ませ、零時過ぎに、疲れの溜まった体をベッドに横たえる。

 生憎今日は空がくすんでいて、窓から眺めていた星も月も見えない。
 戸建て二軒分離れたところに立つ会社の明かりを薄っすら浴びながら、歌を聴いていた。
 目を閉じる。

 新しく開拓した、とんでもなくおいしいコーヒーとコーヒーゼリーが食べられるカフェ。
 普段は行かない、神社の奥の薄暗い木のトンネルを横にそれたところに現れた、「言の葉の庭」を連想させる木製の休憩所。
 さらに奥の、人気の一切ない冷ややかな展望塔。
 夕食時に見た、録画しておいたドラマ。
 忙しなく動き回る16分音符。
 部屋の電気を消す前の欠伸。

 今日のデータに破損がないかチェックするように思い出す。
 スキャン、保存。スキャン、保存。
 嫌なことも含め、スキャン、保存。スキャン、保存。 

 ベッドの側のモノトーンのラジカセから流れているのは、半月前に購入した、ハルカトミユキのベストアルバム。
 落ち着いた楽曲たちが魅力の三枚目を、リピートで流している。
 三枚目は初回生産限定盤のみで、サブスクでは配信されていないのもポイント。

 久しぶりの長時間の外出だった。今日はよく眠れるぞ、このCDが一周しないうちに眠ってるんじゃないか?おっと、あれ?三周目ぞこんちくしょう。
 途端に、時間が異様に遅くなったように感じた。閉じたはずの瞼は開いていた。

 世界から隔離されたような、今見上げている天井に、今にもエンドロールが流れてきそうな。そんな寒色に近い満たされた感覚が、湿気と共に体をくるんだ。
 でも具体的なものは何もなくて、面白いくらいに抽象的な考えばかり浮かぶ。
 この部屋も窓の外に空気も確かに濃密なのに、同じくらいあやふやで、あと少しで自分が溶けてしまいそうになる。
 何を、なぜ、何のために考えてるのか。起きているのか、眠っているのか。生きているのか死んでいるのか。ここはどこなのか。 
 向かいの会社の明かりが消えても、空気はずっと揺れたままだった。
 大型トラックの通り過ぎる音が聞こえる。

 そして途方もなく長く短い夜が死んだ後、何の前触れもなく具体的な生活がなだれ込み、危うく窒息しそうになるんだろう。
 
 夜が深まって、何だって出来るような気がした幾つもの想い出は、今日みたいに夜が全部をあやふやにして、美味しく誤魔化した世界での、愛しくも空しい現実逃避に過ぎなかったのかもしれない。
 でもそんなの、認める訳にはいかないよなぁ。

 僕みたいな夜依存症患者は、一歩踏み間違えれば底なしの闇へ真っ逆さまだ。
 そうならないように、今日も、明日も、明後日も、弥の明後日も、夜供養を済ませる。そしてコップ一杯の水を飲み、朝日に吞まれて具体的を迎え入れる。


 なんでここまで夜に執着してるのか不思議~。
そろそろ腱鞘炎間近の前足を三回ひっぱたいて、練習に励むとします。
 皆さん良い一日を~

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