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【短編】またどこかで。

またどこかで。

「ねぇ、さすがに歩き過ぎじゃない?もう丸二日も休んでないよ」

 居心地のいい場所を探すための終わりのない長旅に辟易していた僕は、前をズンズン歩く逞しいアリ二人に、ついに弱音を吐きました。
 彼らは丸二日歩き続けているというのに、疲れを一切見せないどころか楽しくてたまらない様子でした。さっきも仲良く駄弁りながら、大きな半透明のラムネの蓋の上を、ものともせず超えていったのです。

 僕の後ろのもう一人のアリは、何も言わず僕の後ろを付いてきています。僕が後ろを振り返ると、‟頑張ろうね”とでも言うような、僕にとって素敵な笑顔で目を合わせてくれるので、辛くなった時に振り返っては勇気を貰っていました。

「大丈夫だよ!お前なら何とかなるって」
「そうそう、俺らアリになったんだぞ?こんぐらい何ともないって。
      疲れてんのはみんな一緒だからさ、一緒に頑張ろうな!」
 
 前の二人がこちらを振り返って、励ましてくれました。
 あまりに快活に、晴れ渡った声で言うので、なんだか大丈夫な気がしてきて、元気を取り戻しました。

「うん。ありがとう二人とも」

 その時足元の苔がサクッと音を立てて一部崩れてしまったのですが、いちいち止まっている訳にもいきません。さっとまた振り返って、後ろの彼に元気を貰います。

 「いつもありがとう」

 彼にはちゃんと感謝しています。いつもと同じ優しい顔で彼は頷いてくれました。彼の足取りは、いつもよりしっかりしているように見えたので、僕はなんだか嬉しくなって、もっと元気が出ました。

 それから2時間は力一杯歩きました。今は橋の上です。

「なぁ、これできる?」
「どれよ」

 前の二人が相変わらずふざけていました。お尻を高く上げて、お腹と頭を地面すれすれまで下げて足を全部小さく折って、滑り台のようなヘンテコな格好でノソノソ歩いていました。

「ちょ‥‥おま‥!笑」

 それがそんなに面白かったのか、もう一人の彼が吹きだして2分くらい笑い続けていたので、「あぁ、ついに頭がおかしくなってしまったのか」と思ったのですが、笑い終えた後、無言でその隣の彼と同じ歩き方をしだしたので、やっぱりおかしくなったんだなと安心しました。

 僕が前の二人に弱音を吐いたのが朝だったのに、気付けば日が暮れ始めて辺りが枯草色に染まってきていました。
 あー、これでもう丸三日です。嫌になります。
 そういえば後ろの彼はというと、相変わらず僕の後を文句も言わずにスタスタと付いてきていました。彼はまたにっこりしたので、元気が出ました。

「なぁ見ろよ!もうすぐ橋を抜けて、道路だぜ!」

 久しぶりに顔を上げてみると、本当でした。広い灰色の道が、途方もない長さの体を大雑把に横たえていたのです。
 僕たちは、‟道路を渡るときだけ使っていい”という約束で背負ってきたスケートボードを背中から下ろしました。

「車が来ないうちに渡ろうぜ!」
「こんな細い道、好んで車で通るやついねぇよ!笑
       人間だった時のこと忘れんなよな~」

 前の二人が茶化し合いながらスイーッと目の前の道路を渡っていきました。僕と後ろの彼も、左右を注意深く確認した後、同じようにスイーッと渡りました。なぜ他の道でこれを使ってはいけないのかは、考えないようにしました。
 二人は迷わないように歩道の白線に沿って、上り坂の方へとまたズンズン歩いていきます。僕もその後ろを頑張って付いていくのですが、もうそろそろ身体が限界でした。枯草色はどんどん濃くなっていきます。
 その時、後ろの彼がものすごい速さで坂を走りめました。あっという間に俯く僕のことを追い越して、さっきのスケートボードの何倍も速く、急な坂を踏み割る勢いで登っていきました。顔は見えませんでしたが、笑っていたと思います。
 これにはさすがに前の二人もびっくりして、口をぽかんと開けたまま後ろの彼に道を譲るしかありませんでした。

 やがてズドンズドンと坂を割るような音が止もうかという頃、その何十倍もの大きな地響きが聞こえてきました。巨大な自転車が、見たことない速さで真っすぐ坂から降りてきます。
 その時まで僕の身体と心はもう堪らなかったのですが、一瞬で空気の様に軽くなったのです。
 前の方から、ぱらぱら何か降ってきました。彼が背負っていたスケートボードと、後ろの彼の身体がバラバラでぐちゃぐちゃになったものでした。

「あーあ、つまんない死に方したな。こいつ」

 それが僕の最期の言葉でした。
 僕たちは何か、間違ったことをしたのかもしれません。
 前の二人や、僕、後ろの彼が生きていることに、何か手違いや不都合があったのかもしれませんね。
 でも今、僕はナイフになっているので、そんなことは別にどうでもいいんです。
 最近ですか?そうですね、昨日くらいまで暗い倉庫みたいなところにいたんですけど、今日外に連れ出してもらえたんです!送り出してくれた仲間と別れ際に話していたんですが、最近じゃあとても珍しいことだそうで。

 あ、ちなみに今は、皮手袋越しの後ろの彼に握られています。
 彼は緊張しているのか、はたまたアルコール依存症なのか分かりませんが、息が荒いうえに細かく体が震えているようで、丁度吐き気がしてきたところです。

 では、またどこかで。

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