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大人な黒スカート



最初に黒いスカートをはいたのは、中学1年のとき。
ハイウエストでロングのフレアスカート。
ウエストがコルセット風のデザインになっていて、当時とても痩せていた私の華奢な腰周りにキュッと添うきれいな形のロングスカートだった。

それは、母が選んで買ってくれた。

クラッシックでちょっとモードなその黒いスカートは、数日前まで小学生だった私にとってあまりに大人なアイテムで。
足首ほどまであるロング丈も初めてのことで。
白いブラウスと黒いスカート、このコーデも中1には大人すぎた。

でも。
それが、
いつか始まるモノトーン沼のはじまりだ。

私はわくわくした。
動くとひらりと揺れる裾が、
横から見るとウエストが締まって見えるその形が、
ストンと縦長に見えるシルエットが、
何より、
黒いスカートをはいてる自分が
すごく、かっこいい。

いつも可愛いTシャツや明るいカラーの洋服を着ていた子供が、とつぜん黒いロングスカートをはいたんだもの。今後の人生に影響のある1着になってしまったんだもの。
忘れられないなあ、今でも。


その日からずっと
私のワードローブには、
必ず黒いスカートがある。
かならず。


それは、大人のコスチュームとして
その日からずっと
私の中では変わらない存在となった。
そんなに大げさなものではないけれど、昔の記憶をそおっと辿って、言葉に呼び起こしたらこのようなことになった。


そんなそんな、たいそうな。
それでもね、
そのスカートの生地感をしっかりと覚えていて、あのスカートが大好きだったあの頃の自分のこともはっきりと思い出せる。
ここ最近覚えたことなんて、ほんの少しも覚えていられないのに泣。


それは、セレモニーの時に着るために新調したスカートとブラウスだった。
母は、いつも私にオシャレをさせたがった。
ブランドとか高級なものではなかったけれど、いつも少し変わったデザインや、大人びた雰囲気のある洋服で。
着ると、とたんに大人になった。
着ると、とたんに大人になった気持ちになった。

子供の私には、
その瞬間がとてもすきな瞬間だった。

母は大人っぽい洋服を選びがち。
娘に着せて悦に入っては、ポニーテールをさせがち。
そして、明菜ちゃんみたいと笑顔になりがち。

あれは、
女の子を持つ母親のよくあるアレだったと思う。


私は、母のセンスのもと、
黒いスカートに唐突に出逢い、おちた。
そして、身体のラインが非常にふんわりした今でも、やっぱり黒いスカートがすきで。
いまだに
あの日しびれた、ある種あこがれに似た気持ちがあふれだす洋服のひとつである。

そのとき覚えたあのわくわくは、
一時的に封印され、
あるとき突然ときめきが湧き上がることになる。


中学生になり、高校へ進学し、
長いながい制服生活が始まった。
私の通う学校はずっと、ベーシックなプリーツスカート。
カラーは、濃紺。
何の変哲もないセーラー服を経て、
ブレザーとプリーツスカートへ。
高校の制服は、
黒になりそこねた濃い紺色。
私にとって黒はうんと大人のカラーだったが、
高校生が身につける濃紺はお姉さんの象徴で、
大人リーチのかかった特別な濃紺だった。
中学の頃、
濃紺のブレザーにネクタイを締める制服に憧れを抱いた。

そして、毎日濃々紺に身を包んだ私は、長くファッションへのわくわくを忘れてしまう。

部活だとかね、
友だちと夢中で遊ぶとかね、
いろいろとね。
みんなが着てるものとよく似たような格好でじゅうぶんだったし。

高校になると、
少しオシャレに目覚め始めたけれど、
デートの時に張りきったら、駅前で働く女性アンケートで声をかけられて、しゅんと落ち込んだせつない記憶がある。

私はいつの間にか、とても大人びていた。
老けていたんだろうな。
17歳なのに、26歳とか言われた。
オシャレすればするほど大人びて、
制服がいちばん年齢を保証する格好だった。
そんな傷ついた記憶、
私は制服でいると落ち着いたんだよね、当時。



それから。

大学生になって、アメカジベースのカジュアルなファッションが気になり始める。
デニムショップでバイト。
アメカジショップで買い物。
大学の友だちもみんなよく似たファッション。
薄いメイクをして、かわいいカジュアルコーデ。
ずっと何かしらの黒いスカートはワードローブに存在していたものの、そんなに着ることはなく、まして特別な存在でもなく。

その数年後のこと。
アパレル業界に就職した私は、
自社ブランドの黒いセットアップで働くようになる。

それが、黒いスカートとの
きちんとした再会だ。
当時の黒いスカートは、
膝丈のタイトスカートで、
とびきりスレンダーだった私を
唐突に大人の女性へと仕立てあげた。


それはまあ、あまりに唐突だった。
それまでのカジュアルとバシっと決別して、
モード感ある大人のモノトーンコーデを制服として働くようになる。


そこからはもうずっと
モノトーン沼にひたりっきり、だ。

今も、モノトーン沼を完全に出たことはない。


大人でさえもさらに大人にしてくれた黒いスカートは、私にとって、
すきなものはこれだ!と目の前に突きつけられたような衝撃があり、
その衝撃を
なめして慣らしていたみかかったヴィンテージのように感覚に添わせながら、今も変わらずすきなのだ。

すきなものって、
結局、変わらない。


黒いスカート
シンプルで平凡にして、王道。
ありきたりで、ありきたらない。

今も、
私のワードローブには
かならず黒いスカートが存在している。


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