見出し画像

月にむらくも花にかぜ 前日譚 あの日vol.2

 この音は怖い。髪の毛の一本一本まで沁み渡る怖さだ。
足が動かない。Jアラートは鳴り続ける。
どうしよう!
どうしよう!
教室に帰らなきゃ!
よっちゃんが待ってる!
先生が待ってる!
みんなが待ってる!
行かなくちゃ!
動け足!動け!動け!
「ユリちゃんこっち」
よっちゃんが私の手をグッと引いてくれた。
すると、
床に張り付いていた私の足はふわりと嘘のように軽く動いた。
よっちゃんに促されて近くの教室の机の下に二人でもぐった。
数秒の時間が長く長く感じる。
「先生が言ってたよね。地震が来たら机の下に隠れなさいって!」
よっちゃんは落ち着いている。良かった。きっとなんでもない。
大丈夫だ。よっちゃんがいれば大丈夫だ。この時間をやり過ごせばいいだけだ。
ヤムニョムチキンの香ばしい匂いが
隣の給食室から漂ってくる。
お腹が鳴る。
怖くてもお腹は鳴るのか。
怖くて怖くてたまらないのに。
私はよっちゃんにしがみつく。
しがみついたよっちゃんの背中は微かに震えている。
ハッとした!
そうか。よっちゃんも怖いんだ。当たり前だ!怖いけど私を助けようとしてくれているんだ。
そう分かると目の奥がじんとする。
怖いに決まっている。こんなの!
震えるよっちゃんの背中をもっとギュッと強くつかみ、頑張ろうの気持ちを伝える。
「来る」
全身の毛が逆立つ感覚。
カタカタと鳴り始める机と椅子。
微かな揺れを感じる。
瞬間
無重力
体が浮く。
そして....
聞いたことがない大きな音と強い揺れが来た。
私とよっちゃんは机の下で固く手を握る!握る手からは二人の恐怖が伝わる。
机が壊れる。そう思ったが二人は動けなかった。
「早く終われ!終われ!終われ!」
心から祈った。祈るしかなかった。
固く握る手は痛いほどお互いに強かった。

一体どれくらいの時間が流れたのだろう。
私には何時間にも思える長い時間だった。
ふと、あたりがしーんとなる。
痛いほどの沈黙。
私もよっちゃんも何も言わず、先生の声も友達の声も聞こえない。
「終わった?」
そう呟いたのは私だったのか、よっちゃんだったのか分からない。
揺れは止まった。
給食室からはガランゴロンと転がってしまった食器の音がする。
「みんな無事ですか?」
聴き慣れたクラス担任の山下先生の優しい声がする。
山下先生の声は少し掠れていたが、いつもと変わらない優しい声だった。
「皆さん、聞いてください。地震の大きさはまだわかりませんが、安全のために今から校庭にでます。急がないで、ゆっくりでいいですよ!
校庭に出てください。いいですか。
みんな、校庭に出てください。校庭に出なさい!」
山下先生の声はやはり焦っている。当たり前だ。
急がなきゃ行けないんだ。
私とよっちゃんは目を見合わせて大きくうなづきあうと机の下から出た。
周りは泣いている子、叫んでいる子で大混乱だ。
「みんな!校庭に出るよ!」
私とよっちゃんは出来る限りの大きな声で下級生に呼びかけながら校庭を目指した。
下駄箱付近は混み合っていて、泣きながら動けない下級生がたくさんいた。
私とよっちゃんは5年生だ!
下級生を早く外に出さなきゃいけない。
一人ずつに声をかけて校庭に促すが、上手く靴を探せない子。
涙が止まらず座り込む子。
癇癪を起こす子。
下級生はパニック状態だ。
でも待って入られない。
一人一人なだめて外へ出す。
何度もそれを繰り返していた。
私とよっちゃんは下級生の世話に追われ、不安が募りながらも
なかなか校庭に出られない。
あせりが募る。校庭には先生達が待っている。
クラスのみんなはもう校庭にいるのだろうか?
私たちも一刻も早く出なきゃダメだ。
「みんな、急いで外に出て!
 お願いだから外にでるよ!」
私は喉から血が出るほどさけんでいた。
ふと足元がなくなる感覚がした。あの無重力がくる予兆だ。
「また来る」
よっちゃんと私は立ちすくむしかなかった。

次回 vol.3 をお楽しみに。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?