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月にむらくも花にかぜ 前日譚 あの日 vol.6

 ワクチン接種から2日後、私たちにはバンドが配られた。薄オレンジ色のそれは表面がピコピコと光っている。柔らかくしなやかな素材で、それぞれの腕に吸い付くようになじんでいる。
よく見るとUと印字してある。
U?
「これはなんだろう?避難所の番号なのかな?」
よっちゃんが怪訝そうに言う。
ワクチン接種をした全員がこのバンドを付けねばならなかった。
老いも若きも。
「なんだよ。こんなんつけたかねーよ!」
斉藤は嫌がって切ろうしたが、簡単にハサミでは切れなかった。
「止めなよ!怒られるから。」
慌ててよっちゃんは斉藤を止めた。
「切れねぇ!」
ひとしきりバンドと奮闘した斎藤は結局諦めざるを得なかった。
 見渡せば多くの人がこの体育館に避難している。
それぞれのバンドのオレンジ色がキラキラと光り水面のようにも見える。
でも、ここに私の家族はいない。
早く会いたい。
無事なことを祈るしか出来ない。
心細さをかき消すためことさらに
明るい声で言った。
「これ、なんかキレイじゃない?」
「ユリは能天気だよな!キレイなもんか。気持ち悪いよ。」
「私もなんか不安になってくる。」
よっちゃんも不満らしい。
「そうかな?波がお日様にてらされてるみたいだよ。」
斉藤が反論しようとした矢先、館内放送が流れた。
聴き慣れた校長先生の声。
「避難されている皆様。色々とご不満、ご不安が多いことと推察します。日本国からの正式な発表はなく、情報も充分ではない中ワクチン接種となりました。
この事態に混乱されている方も多いことでしょう。
私も詳細を知らされたわけではないのですが、このワクチンは皆様の安全を確保し、生活のQOLをあげるためであると説明を受けております。
現在、九州では早急な復興のために
各地域で地下に建設されていたビルを稼働させる準備が整ったそうです。
お付けいただいているバンドは復興ビルに入居の際必要となるとのことです。
お手元のバンドの数字は場所毎のブロックの数字です。
当小学校はUブロックとなります。

不明瞭な情報で申し訳ございません。
新しい情報が分かり次第お知らせいたします。」
校長先生の話が終わった。
分かるような分からないような話だった。
おとなには分かるんだろうなと思いながら、よっちゃんと顔を見合わせ眉をひそめた。
よく分からんの合図だ。
とにかく、このバンドは私たちのためらしい。
やっぱ
場所特定のためだなと思った。
ここはUブロック?
アルファベット順だと誰がが言っていた。
Aブロックはどこかと聞いたが誰も答えられなかった。
避難所には電波は無く外部の情報はほとんど分からないから無理はない。
時折り、外国のネットが拾えたお兄さんが色々教えてくれる。
が、むちゃくちゃな物も多く、どこまで信じていいのか分からない。
校長先生の放送は私たちにとって久々の信じられる情報だった。
少しほっとしたら急速に眠くなってきた。
「私、寝る。」
「私も一緒に寝るよ!」
よっちゃんが肩を抱いてくれた。
「お前らお子ちゃまだな。
俺は夜の見回りのメンバーに選ばれたんだぜ。すごいだろ!」
はいはい斉藤頑張ってねと、よっちゃんと2人で手を振った。
よっちゃんも家族と会えていない。
斉藤はばぁちゃんもじぃちゃんも、一緒に避難できている。
斉藤をうらやむ気持ちは仕方ない。
よっちゃんと2人ブースに入り寝ることにした。
明日には私とよっちゃんは家族に会えるかもしれない。
「ママたちもUブロックかな?
それとも別のブロックかな?」
「同じブロックだよ。きっと!」
2人とも家族の無事を信じていたし、すぐ会えると思ってはいたがすごく不安だった。
とちらからともなく、寝るときは寄り添い手を握り合った。
離れないように。
今は、よっちゃんと不本意だが私には斉藤しかいないのだから。
得体の知れない恐怖が襲ってくる。
明日が来るのが怖くてたまらなかった。
それでも明日は来る。

明日など来なければ良かったのに!

#SF #地震 #ワクチン

次回 vol.7 をお楽しみに!




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