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山岡鉄次物語 父母編1-4

〈 奉公4〉もう3年

☆奉公の辛い日々が過ぎて来た。

頼正の兄、頼長は実家に間近な所にある穀物問屋へ奉公にあがっていた。辛さに耐え切れず、しばしば実家に逃げ帰って来た事があった。

頼長の奉公先は主に小麦粉等の粉類や大豆等の豆類を扱っていて、その一袋の重さは20~30㎏もある。
荷物の積み降ろしの時には、重い袋を担いで運ばなければならなかった。
頼長は頼正の3つ年上で、今の高校生ぐらいの体をしていたが、体力的に疲れ切ってしまうと、逃げ出したくなるのだった。

やはり父浪頼は奉公先から、頼長の給金の前渡しを受けていた。

頼長が帰って来る度に、父浪頼は強く叱責し追い返すのだ。

『頼長、弟の頼正は東京で頑張っているんだぞ。問屋の主人が気付かないうちに早く帰れ。』

頼長はうつ向きながら、とぼとぼと帰って行くのだった。

一方、頼正は実家から遠く離れた東京、いくら辛くても簡単に逃げて帰ることは出来ない。
頼正は3年経てば、懐かしい郷里へ、家族のところへ帰ることが出来ると、それだけを楽しみに頑張っていたのだ。

この頃の頼正は子守りから解放されており、奥方との関わりはかなり減っていた。
頼正は、奥方に追い回すようにこきつかわれて来た。さんざん辛い思いを味あわされて来た。
身体の辛さより、発せられる言葉が頼正を萎縮させて、痛め付けていた。
奥方という人間の顔を見るのも嫌だったから、店での仕事は忙しくもほっとする時間が増えて嬉しかった。

頼正は主人のいる材木店での仕事がほとんどになって、奥方との関わりが無いことで、仕事に集中することが出来た。


頼正は時おり、郷里に想いを寄せては涙をこぼす日もあったが、仕事で疲れ切って、知らないうちに寝てしまう日々を送っていた。

そうしている内に、約束の3年が過ぎようとしていた。
時の経過と共に涙も渇き、奉公仕事も板について来た。体つきが大人びて仕事をこなすのも楽になっていた。
頼正は精神的にも強くなった。


ある日、頼正は横畑木材の主人に呼ばれた。

主人は頼正の反応を気にしながら、言い聞かせるように話を始めた。

『頼正、お前の父親が、もう3年お願いしますと言って3百円持って帰ったぞ。あと3年だ、大丈夫だな。』

頼正は唇を噛み締めながら主人の話を聞いた。
頼正の脳裏には、父親に対しての憎しみの感情が湧いて来ていた。

この憎しみの感情が、3年間待ちに待った郷里への想いを、父親の元へなんか帰りたくない、という想いに変えていた。

横畑木材の主人は約束の3年が過ぎたら、頼正を帰すつもりでいた。
そこに頼正の父浪頼が現れて、給金は前と同じでいいから、もう3年奉公させて下さいと申し出たのだ。
主人は、だいぶ役に立つようになった頼正を、安い給金で使えるならと、承知したのだ。

家族が増えつつある浪頼の塩川の家は狭くなっていた。
少しばかり広い屋敷が欲しかったところに、手頃な売り物件の話が舞い込んで来た。
浪頼は金策の為に頼正の奉公先に来たのだった。

父浪頼は、頼正に説明をせずに帰ってしまい、事情が解らないまま憎しみだけが残った。

頼正は主人にはっきりと答えるのだった。

『頑張ります。よろしくお願いします。』


この時の頼正はまだ14歳になったばかりだ。



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