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M&Aドキュメンタリー (2) - 赤字で倒産寸前の製造業の売却

コロナウイルスの影響はとどまるところを知らず、飲食店、小売店、旅行業などのtoC向けサービスから、製造業、卸売業、ソフトウエアなどのtoBサービスに至るまで、あらゆる業界に打撃を与えている。

急激な需要低迷や産業構造の変化により、足元のキャッシュが途絶え、倒産を余儀なくされるケースも少なくない。これは、古くからの関係性と長年の取引により生き残りを続けてきた歴年の製造業が、コロナウイルスの影響で一気に財務体質が悪化し、どうすることもできなくなってしまった、製造業のM&Aストーリーである。


ドキュメンタリー

コロナウイルスに伴う緊急事態宣言が発令され、毎日のようにそのニュースが流れ全国を騒がせていた5月の頃である。60代くらいになるであろう男性が、事務所に電話をかけてきた。

“コロナによりお金が回らない。銀行からの融資も尽きてもう手が打てない。なんとか事業を続けるためにはキャッシュが必要だ。”

手持ちキャッシュを得るために事業を売却する。不要資産を流動化させ、コア事業への投資資金にあてる。そうした相談はよくあることで、悪いことは何もない。しかし、こうした問い合わせの多くは、「売ろうとしている事業や資産に、悪い何かがある」というケースがほとんどなことは容易に想像できるだろう。よほど儲かっている事業を手放す意思決定ができる経営者は、そこまで多くない。

この会社は、東海地方で自動車関連の製造業を営む企業で、代々受け継がれた相当に歴史のある会社だった。業績は決して順風満帆というわけではないものの、親会社との関係や長年にわたる取引先との関係は良好で、歴史ある地場産業であった。

聞くところによれば、今の社長は4代目。コロナウイルスの影響で輸出入の取引が壊滅状態となった上、国内需要も低迷。工場や土地の固定費がかさみ、手持ちのキャッシュアウトが目前に迫っていた。2ヶ月以内に資金を確保できなければ、買掛金の支払不能になるという緊急度だった。

“我々は川下の製造業だ。同業の川上の製造業と一緒になれば必ず事業シナジーを生み出せるし、我々の長年培ってきた顧客との取引関係はきっと魅力的に映るはずだ”

その言い分は半分正しかった。製造業がバリューチェーンを伸ばすためにM&Aを行うことは王道の買い方だ。そうした戦略で売却ストーリーを創案しようとしたところ、さらに売主社長が言葉を付け足してきた。

“さらに、500坪の土地を2つ有している。工業地帯の土地なので、工場を建てるなど有効活用できるはずだ。これを合わせて売りたい。”

事業が欲しいという買い手と、土地が欲しい買い手は全く種別が異なる。たまたま両方欲しいという会社が見つかればいいものの、大抵の場合、論点は一つに絞ったほうが良い。でないと買い手が迷ってしまい、「結局、買わなくてもいいか」と思ってしまう。明確な売り物を一つ定め、シナジーを強調し、売り込むほうが強いのだ。

しかし、売主の主張が変わることはなかった。なんらかの理由で事業と土地を一緒に売らなければいけない理由もあるのだろうか。売り物を2つ用意した状態で、買い手との交渉に臨むことにした。


買 “我々も関連業界にいるため、貴社の名前はよく知っていました。どうして売ってしまうんですか?”
売 “コロナにより急激に業績が悪化したため、今すぐ現金が必要なんです”
買 “それだと我々も立て直せる自信がない。一緒になることでどんなシナジーを見込んでいる?”
売 “バリューチェーンを広げることで収益性が改善しますし、コストカットもできるはずです”
買 “わかりました。それでは社内で検討してみます”
売 “ちょっと待ってください。もう一つ提案があります”
買 “なんでしょう?”
売 “我々は土地も持っています”
買 “土地?”
売 “はい。工業地帯に2箇所、500坪を超える大きな土地を持っています。これを使えば、貴社の新たな工場建設もできますし、物流拠点にも使えます。土地の値上がりによる収益も期待できるかもしれません。これも一緒に買って欲しいのです。”
買 “うちは土地は入りません。事業だけであれば検討できますが、土地は持ち続けてはいかがでしょうか?”
売 “いえ、一緒に買っていただきたいのです”
買 “それを買うメリットはうちにはありません...なぜ一緒でなければいけないのですか?”
売 “そうですね...”
買 “融資で土地を購入しているということは、この融資も引き継ぐということですよね?それだと相当厳しいと言わざるを得ません”
売 “・・・”

結局、土地とセットで売る理由について明確な言及をすることを、売主は最後まで拒否した。何か隠し事をした時点で疑いを持たれ、交渉がストップしてしまうことはよくあることだが、そこまでして隠し続ける理由がなんだったのか、今となっても不明なままだ。

結局、「事業と土地を合わせて売却する」というスキームにこだわり続けた売主は、最後まで買い手を見つけることができず、静かに消えていった。(消息不明である)

コロナ禍で、売主だけでなく買い手側もキャッシュを厚めに持つことで財務体質を担保しようとしていたところに、多額の負債と活用不能の土地を引き受けるというのは、あまりに無理な話である。上場企業であればなおさら、絶対に買ってくれることはないだろう。


このケースの論点

このケースの失敗のポイントは、売主側がシナジーを主張しすぎたことにる。

製造業の性質上、借入金も多大かつ固定費が多くのしかかっていることが多い。これが、製造業のM&Aを困難にしている要因である。今回のケースでは、工場を2箇所保有し、しかもそれぞれ都市圏に500坪を優に超える広大な土地を2箇所持っていたことが、逆に買い手にとっての足かせとなってしまった。

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