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それ以上でも、それ以下でもないではないか。
「スワンさんって、なんか落ち着いてますよね」
テーブル越しの相手からひょんな言葉が出た。私はふうんと、側からはそんなもんに見えるんですねと。あまり腑に落ちない顔をしてから、苦笑いして冷めかけのコーヒーに手をつけた。
幼少期、どちらかといえば私は「落ち着きのない子」として認識されていたはずであった。興味の赴くままひとりで遊ぶことを好み、気がつくと時間を忘れ、出かければいつの間にか知らない場所にいることもしょっちゅうだった。持ち物はまあよく無くしたし、デパートの迷子放送には散々お世話になった。
そんな私も、いつの間にか大人になった。
まあ、そこそこにはしっかり働いたと思う。それなりに苦労もしたし、周りに迷惑もかけたし、夢を見て挫折もした。とりわけ私の20代前半なんてものは半分は動物みたいなもので、ひどく不安定で、感情の波に溺れては這い上がる難破船の遭難者のようなものだった。
とても人様に見せられるような代物ではないのだが、面白いことに当時の手記が残っている。
そこに書いてある内容を見る限りではあるが、我ながらとにかく荒々しく、劣情と妄想にまみれた泥のような感情で埋め尽くされていた不出来さが手に取るようによくわかる。もちろんそれは今でも、きちんとした片鱗を私の中に残しているはずだ。
それらはどれも、自分が「落ち着いている」と思えるだけの裏付けにはなり用がなかった。
そんなわけだからどうもテーブル越しの相手の話がどうにも腑に落ちないと思いつつ首を傾げるも、一方で側の他人からそう見えるというのもまた事実であった。
それにいま、リアルタイムの自分というものは、とりわけ自分自身でも正確に捉えることは困難のように思う。だとすれば、自分の認識とずれていようと、私を客観的にみている相手には何かしらの根拠というか、事実に紐づくものがあるのだろうと思った。
私は会話の片返事をしながら、改めて自分というものに探りを入れてみようと、頭の奥底へと意識を沈めていった。
落ち着いているように見えるモノ
落ち着いている部分、か。
はたと言われてちゃんと考えを探ってみれば、自分でもこの頃は少しだけ落ち着いている気がしてくるから不思議だ。落ち着いたというよりはドライになったという方がような的をえているような気がするが、そんな塩梅のニュアンスを感じ取ってもらえれば十分なように思う。
そしてそう思うのは自分が何かトラブルにあった時や、誰かが同様に困ったことになって相談に乗ってくれと言われた時のことを思い出したからであった。
・・・
つい先日、知り合いが車を運転していて高齢者にぶつかってしまった、という旨の連絡をもらった。
電話がかかってきた時には妙なタイミングだったので「おかしいな」と違和感を感じ、自分にしては珍しく折り返したのを覚えている。不幸中の幸いにもゆるやかな接触であったため、大事には至らなかった。
しかし当時ぶつけてしまった運転手はまだ免許をとって間もない頃であり、その横に同席していた方からの連絡ではあったのだが、二人して随分と落ち込んでいた。
話をよく聞くと既に救護活動は行われ、救急車を呼び、警察も来て簡易的な調査をして話を終えているとのことだった。保険屋にも連絡をしてある、あとはとにかく病院の検査結果を待つばかりだということだった。事態が落ち着いたら相手方にお見舞いに行っても良いか、警察を通じて連絡が入るとのことだった。
ぶつかってしまったこと自体は非常に残念ではあるが、対応はとてもきちんとしていて、これでもかというぐらい落ち込んでいたのが印象だった。もちろん反省していればいいという話ではないが、対応も気持ちも、どちらも大変に誠実なものであった。しかし続いてこんな言葉が飛び出してきたのだった。
「なんか、もっと今やっておくべき事ってないかな」
その不安な声に、私はあっけに取られた。
説明されたこれだけのことを、きっと何時間もかけて対応したはずだろうと容易に想像できた。何より警察と、病院と、保険屋という3方のプロが「あとは待つだけ」と言っているのだ。それなのにも関わらず「何か見落としがあるのではないか」「自分の知らない、何かやっておきべき由々しき何か」があるのではないかと怯えているように思えた。
わたしには全ての対応は終わっているし、二人が出来ることは全て済んでいるようにしか思えなかった。一応は3秒ほどうーんと考えてみたものの、ひと呼吸を挟んでから「ないと思うよ」と答えた。電話越しの相手は少しだけ不服そうだった。
なんで、その先があると思うのだろう。
私の中で、そんな疑問が浮かび上がった。車で人にぶつかった、然るべき対処をした。検査結果はまだ来ず、まだ相手のお見舞いに行くことは叶わない。ひどく落ち込み、猛省している。
それ以上でも、それ以下でもないではないか。
その言葉が脳裏にふっと湧いたところで「嗚呼」と頭の中でカチリと何かが’噛み合った音がした。ずっと感覚的にはわかっていたのに、長いことうまく言葉にすることが出来なかった棘が喉元からひょいと抜け落ちたように思った。
私は、想像することをやめたのだ。
そしてそれで随分と生きやすくなったということを、今になってしかと思い出したのであった。
想像力は凶器になる
以前の私はもっと鋭敏で、多感だったように思う。
美大でアートを専攻していたのだから、よく考えてみればそういう特性を持っていても珍しくはないのかもしれない。感情は豊かというか起伏はまあまあ激しい思うし、何かを見たり聞いたりすると、1のことをタネに10のことが瞬間的に頭の中を駆け巡った。
わたしの頭の中は、いつも想像で埋め尽くされていた。
仕事を頼まれた時、なんでこの仕事をわたしに任せてくれたのだろうと考える。これくらいの量を与えられるということは、少しは期待してくれているということなのかな。早く仕上げて返した方が喜んでもらえるかな。でも早くても戻しがあったら「勘が悪いやつだ」と思われないかな。だとしたら5割で見せて・・・といった風に、頭の中はまるで小さなAIのように、これから起きうる様々なケースを想像し尽くそうとしていた。
想像の範囲は会話だけではなかった。
同僚の椅子の座り方や眉の上がり方、背中からなんとなく感じる気配で日々の気分を感じ取っていた。怒っていそうだな、あの打ち合わせで言い合いになったからかな。加えて、昨日は帰るのが遅かったから余計に疲れていそうだな。こんな時に話しかけるなよ、と思われると心象が良くないし聞いてもらえる話も突っぱねられそうだから、何か差し入れをしつつお話を聞きに行こうかな・・・といった風に。
これは、わたしの頭の中だけで行われる想像会議であった。
当時これらはまだ社会人としての技能に乏しいわたしにとって、数少ない処世術であった。人によっては良く気がきくと言ってもらえたこともあった。実際、人よりは敏感に他人の感情の揺れ動きや地雷を上手く嗅ぎ分け、立ち回れる方だろうという自負もあった。
しかし、これは時に凶器となってわたしに牙を剥いた。
何か自分がミスをした時、会議に遅れた時、できれば誘いを断りたい時。いつでもわたしの頭の中の会議は大忙しだった。そしてあらゆるケースを想像し、その度に起きうるBAD ENDに恐れ慄いていた。
相手に嫌われてしまうのではないか。
こんなことをして、もう終わりなのではないか。
チャンスなんて二度とやってこないのではないか。
一度その想像スイッチが入ると、頭の中に黒い弾幕がものすごいスピードで降りてくる。もし絶望という気分に色がつけられるのなら、それはひどく重苦しく、静けさをまとった、深い深い漆黒なんだろうと思う。
わたしの周りは、いつもドス黒い靄で埋め尽くされていた。そんな想像がタイミング悪くたび重なると、わたしはどこまでも深い穴に落ちていった。
ひゅうひゅうと喉が鳴り、もう息がうまく出来なかった。
想像しない練習
これは、いつか自分を壊すかもしれない。
直感的に、底の見えない穴に危機感を自覚できたのは不幸中の幸いだった。それは仕事での大きな挫折がキッカケで、限りなく軽鬱状態だったわたしは咄嗟に「想像しない」練習を始めたのだった。
詳しくは当時のnoteにまとまっているのだが、もうこの行動を始めてから4年以上が経過していたことに驚いた。改めて内容を読み返すと「こんな卑屈だったのか」の笑ってしまいそうになるのだが、それぐらい今の自分と内面的な差があるように思えた。
これはのちに、それぞれが行動認知療法に近い手法であったことを知った。
当時はそのジャンルも知らなかったし、いろんな本やブログを読み漁っての我流であったが、運が良かったとしか言いようがない。でも確実な効果を実感していたので、波はあれど自身の思考サイクルを意識つづけて数年という時間が通り過ぎた。
我ながら、知らぬ間に随分と小根が様変わりしたように思う。
あれほど臆病で周囲の気配を敏感に察知していた自分にも、心臓に何本かの毛が生えた気もする。もちろん自分はあくまで自分なので、根本的な気質や気にしいな自分もいくらかは頭の隅に残っていて、時折やあやあと顔を出してくる。それでも、今は彼らにこう声をかけられるのだ。
「大丈夫、それ以上でもそれ以下でもないから。」
誰かに言われた言葉も、周りの立ち振る舞いも、実は自分が想像しているほど複雑で悍ましいことはほとんどないことを、わたしはもう知っている。滅多に人はわたしの言動や行動で怒らないし、というか気にも留めていない。頼まれごとは断っても誰も困らないし、いい意味で世界にはたくさんの代わりがいる。99%のことは自分の想像とは全然違うことが起因していて、わたしはそれに関与する必要もない。
想像しない世界は、大変に単純で軽やかだった。
軽やかな頭と体を手に入れて数年、明らかにわたしは行動力が変わったように思う。意外とみんな自分のことだけで手一杯だから、わたしも気にせずに動き回る。やれることが終わったらあとは待って、結果を受け入れる。そしてまたできることが見つかったら、少しずつ試してみる。
そんなニュアンスの格言みたいなものがあった気がするな。そう思って不意にネットを調べれば、大変に馴染みのある言葉が出てきた。
人事を尽くして、天命を待つ。
人間ができることはすべてやった上で、あとは運命にまかせること。
昔の人は本当に上手いことを言うなとつい笑ってしまうが、実際に大概のことはそいういうシンプルな仕組みで回っているのだと改めて思う。
目の前のことを深追いせず、シンプルに扱う。
これは鈍磨するということでも、利己的になるということでもない。誰かの助けや支えや、温かいつながりには大きな敬意を払おう。余裕があれば、誰かに献身するのも良いだろう。でもそれ以上の義理や配慮いったものは、やはり手放した方が健全なのかもしれない。事実以上の想像の中に、福はこれっぽっちも残っていないからだ。
大丈夫だよ、それ以上でもそれ以下でもないから。
慮ることが得意で美徳なこの国で、必要以上の息苦しさに苛まれている人が多いこの時代に。軽い方へ、シンプルな方へ、わたしはワタシの余裕がある時に、どこかもの暗く潰れそうな人へ声をかけていこうと思う。
それはいつかの、泥に溺れかけている自分自身に他ならないのだから。
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