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✨05/10~05/16のメッセージ✨


「その足を動かすものは」。


別に、はぐれた訳じゃない。
捨てられた訳でもない、と思う。

最初から
仲が良かった訳じゃない。
利害が一致したから
つるんでいただけの話で。


そう言ってしまうと
なんか冷たい人っぽい感じになるけど。

実際、否定はしない。

同じものを見ても
あなたの「スキ」と
わたしの「好き」は
一致しないはずで。

ひた、と寄り添うのは
双方がそう思っているに過ぎず
温度差や密度の違いは、あって当然。

だから、否定ができない。


だって、そうだろう?


同じアニメを見ていても
推しの違いが生まれるように
百歩譲って
同じ夢を描いていたとしても
目指すところは、違ってくる。


初めて出会った時の
バチバチとくるあの衝撃は
それこそ
どんなことでもできるさ!
と思ったのは、確かに事実だ。

破竹の勢いで突き進んで
向かう所敵無しなのも
実際、そうだったと思う。


しかしながら
途方もなく巨大な最小公倍数のように

見果てぬ夢の前には
足並みも、気力も体力も
微妙なズレを起こし始める。

狙うものも目指すものも
みんな、それぞれなのだから。



この世の全てが幻想ならば
この人生のひとときを共有した仲間と
出会えた奇跡を祝おうじゃないか。
同じ方向に歩みを進める仲間に
感謝と祝福を祈り捧げようじゃないか。

突き詰めるところ
自分は自分でしかなく
スペアがない以上
自分という存在はひとりなのだから。


誰にも頼れない悲しみを嘆く前に
誰かの支えに、拠り所になれるように

他ならないこの自分が
地道に愚直に
歩き続けるより、他はない。


例えそれが
牛のような歩みであったとしても。
例えそれを
誰に笑われようとも。


仮に
この世の全てが幻想であったとしても
逍遙するこの左右の足は
そしてその足取りは

他ならないこの自分が作り出した
現実に他ならないのだから。


そして
歩みを止めない
この自分自身こそが
幻想の中で異質に輝く現実そのもの。

何を見ている?
何を思い描く?

その手が掴むものは
紛う事無き極彩色の現実。


え、時間の概念がおかしいって?
いやいや。

時間は
ベルトコンベアでも軸でもなく
存在でしかない。

夢見る脳の吐く泡のツプツプが
手の内に降り立つ時に展開されるものは
未来の時間。

そこに現れるホログラムが
その歩みの、原動力。


右に左に、足を踏み出せ。
ただひたすら、牛の如くに。



どうぞ
豊かで実りある一週間と
なりますよう🍀✨

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