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たかが背番号じゃないんだよ


変なやつだと思った。

「わかってんのか?1年間、その番号がお前の名刺になるんだぞ。お前といえば思い浮かぶのがその番号になるんだぞ。ファンから他のチームの同じ番号の選手と比べられるんだぞ。自分の人生切り開いていこうとしてるやつが、自分が身に纏うものにこだわれなくてどうするんだよ。たかが背番号じゃないんだよ」

Aは私が入団して3年目(私が辞める年)に上のカテゴリから新加入してきた選手で、私と同い年の19歳だった。

ポジションも同じ、プレイスタイルも似ている。私達はすぐに打ち解け、良きライバルに・・・とはならなかった。

Aは19歳にしてチームの即戦力として迎えられ、プレシーズンからスタメンに名を連ねていた。その実力は折り紙付き。すぐにチームの得点源となった。

対する私はベンチに入ることもままならない最下層。同い年ということもあり意識はした。周りから「あいつはすごいのにお前は・・・」と露骨に言われることもあった。そんなこともあり、新チーム発足当初から、どこか私から避けがちになっていった。

ある日、練習後に何人かで話していると、話題は背番号の話になった。正直、私は背番号というものにこだわりはあまりなく、いや、本当はあったのだが、結果を出すまでは自分の欲求を出してはいけない(お前結果も出していないのに何言ってんだと言われるのが怖かったのだ)という呪縛にとらわれていたので、興味ないですよというスタンスを貫いていた。

「背番号なんて何番でもいいですよ。この22番も余ってる中からテキトーに選びましたもん」

私がそう言った時、話には参加していなかったAの目の色が変わった気がした。

その夜、クラブハウスに行くと、トレーニングをしていたAとたまたま会った。私は「おう・・・」と軽い会釈をしてそのまま通り過ぎようとした。

するとAは「ちょっと待てよ」と私を止めた。

「お前さ、今日みんなでなんか話してたよな。背番号がどうとか言って」

「ああ、それが何か?」

「お前、だからダメなんだよ。だから試合に出れないんだよ」

Aは唐突に言った。私があまりの急展開に何も言えないでいると、Aは続けた。

「背番号っていうのは、お前という選手を象徴するものだよ。お前をアピールしてくれるものだよ。お前という存在を表現するために、絶対に必要なものだぞ。それを興味ないってなんだよ。自分に興味ないのかよ。自分のアピールに興味ないのかよ。試合に出てないからってなんだよ。今年は絶対試合に出るから10番くれって、言わないといけないんだぞ。そういう世界なんだぞ」

「俺はそうしたぞ。正直試合に出れるかどうかわからなかったけど、チーム最年少だったけど、7を要求したぞ。それで7に見合う選手になるように必死にやってるぞ。お前が22でいいやと思ってるから、22番目の選手にしかなれないんじゃないのか」

「わかってんのか?1年間、その番号がお前の名刺になるんだぞ。お前といえば思い浮かぶのがその番号になるんだぞ。ファンから他のチームの同じ番号の選手と比べられるんだぞ。自分の人生切り開いていこうとしてるやつが、自分が身に纏うものにこだわれなくてどうするんだよ。たかが背番号じゃないんだよ」

Aはそれだけ言って去っていった。私は突然のことに驚き、戸惑ったが、やがて話を咀嚼すると、ああ、その通りだなと思った。

自分を追い込むことから逃げ、より高いプレッシャーにさらされることから逃げ、言い訳できるポジションに自分で進んでいるのではないか。

普段監督や先輩から色々なアドバイスをもらうが、同期からの率直な意見は、それにも増して悔しい気持ちと、情けない気持ちにさせた。

でもその感情を取っ払って考えると、正しいことを言っていることもまた事実だった。こんなことを、あまり喋ったこともない同い年にいきなり言ってくるなんて、あいつは変なやつだなと思った。でも、そんな風に言えるあいつは、私よりも毎日を真剣に生きていて、自分と誠実に向き合っているんだなと、尊敬の念も感じた。

夏が来て

そこから、夏が来て、私は自分の可能性に見切りをつけ、サッカーを辞めることを決めた。

そのあとは自分の人生でやったこともないようなことをたくさんした。たくさん笑いものになって、チームを盛り上げて、チームのためになるようにプレーした。

仲が良い先輩もたくさんできて、プライベートでもいつも先輩たちといた。でもAとの仲は最初と変わらなかった。

ある日、先輩たちと夕食をとっていると、こんなことを言われた。

「あいつ、お前と一緒にプレーしたいんだって言ってたぞ。シーズン始まった最初からずっと言ってたよな」

「ああ、『あいつはうまいから、見せ方だけよくなれば絶対良い選手になるから』って」

シーズン終了、そして

シーズンが終了した。私のプレーは尻上がりに良くなったものの、レギュラー獲得には至らなかった。私は夏に決めた予定通り、サッカーを辞めた。

先輩たちからは「続ければよかったのに」「シーズン終盤はよくなったじゃん」とか色々言われ心が揺らいだが、結局は最初の気持ちを貫くことにした。

Aとはあのクラブハウスの一件以来、特に最後まで一対一で話すことなく私はクラブを去った。私にとっては同期の誇りだし、誰も見向きもしなかった私に本気のアドバイスをしてくれた唯一の存在だったから、心から応援していた。と言っても、向こうからしたら眼中になかっただろうし、同期とすら思ってなかったかもしれない。いいさ、一方的な思い込みでも。あの時くれた言葉は次のステージにも持っていくとしよう。

数ヶ月が経ち、完全にサッカー界を離れていた私は、久しぶりに古巣のニュースを見てみることにした。みんな頑張ってるかな・・・。軽い気持ちで公式動画の直近の練習試合を選んだ。ピッチ上で動く選手たちを見て、私は心底驚いた。

Aは今年もレギュラーで出ていた。いつもの華麗なプレーは健在だ。だが問題は彼の背中にあった。彼の背中には、背番号「22」が刻まれていた。

彼は昨季の終盤戦、怪我もあり徐々に調子を落とし、レギュラーを失っていた。華麗なプレースタイルは時にチームのリスクにもなる。彼はそのテクニック故にボールを持ちすぎると指摘されることが多くなった。また存在感が大きいからこそ責任も増え、苦しんでいるように見えた。

そんな彼が、同い年の私が恥も外聞も捨ててチームのために徹していた姿を見て何かを感じたのだろうか、いや、そんなはずはない。彼ほどの男が、たかがベンチの選手を見て何かを考えるなどないに決まってる。

でも動画の中には、本来の華麗なプレーだけじゃなく、泥臭くチームのためにプレーする姿があった。何度も守備に戻っては、タックルを繰り返し、ディフェンスラインに指示を出す姿があった。それは完全にチームプレイヤーのものだった。

私はなぜか目に涙が浮かんでいることに気付いた。不思議な感情だった。わけがわからず必死にこらえた。でも一度決壊すると止まらない。

「バカ、その背番号、縁起悪ぃぞ」と呟き、やっぱり変なやつだなと思った。

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