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短編小説『Lifework』

 怯える捨て猫の首を絞めた。寒さに凍える彼女の細かい震えがいつまでも手のひらで消えない。橋の下から雪の舞う街を眺めてみた。白と黒が強調された世界では僕の分からない生活が数え切れない程繰り広げられていることを想像する。冷たくなった旧友を抱きしめようとして初めて彼女ではなく彼だったことを知った。どちらでも構わないと思った。
 凍死に限りなく近いところにいた僕の眼を覚ましたのは、雷鳴みたいにいきなり飛び込んできた泣き叫ぶような声だった。「シュヴァイガー」という人を探しているらしい。ドイツ人だろうか。
「シュヴァイガー……?シュヴァイガー!!」
 姿を現した声の主は複雑な表情で僕と死骸を交互に見た。
 彼の名前はシュヴァイガーといったのか。リンゼイと呼ばれ続けた二ヶ月を彼はどんな気持ちで過ごしていたのかを思うと何とも言えない思いだった。
 「あっ……あ、あの……あー?」とさっきから涙の止まらない訪問者は混乱して「A」の音しか発せなくなっている。あー。あっ。あ?あ、ああ。あああっ。あーあ。
「あなたも捨てられちゃったの?」
 謎の結論に辿り着いたその人に僕はとてつもなく興味をそそられた。

「働く意味なんてお金稼がないと死んじゃうからだし人付き合いも結局は社会から切り離されないためで趣味は気休めでしかなくて後は全部生理的欲求」
 人生を一息にまとめてエスプレッソを一口。
「他は?」
 タブレットを触りながら言うその人からは敵意も好意も感じ取れなかった。ビジネスライクなつきあいかたというやつなのか。それにしても一々挙動が素早い。かといって急かされてるようでもない。最小限のエネルギーで最大の効果を得られる術を心得ているような。費用対効果最高な身のこなし。
 カウンセラーを目指しているというその人に連れられてあれよあれよという間に僕は入ってみたいと思うだけで自分とは縁遠く感じていた店の椅子に座っていた。
「実地調査」
 その人は言った。考えて、僕がしたいくつかの質問はコーヒー1杯で足りるだけのエネルギーしか消費させなかったみたいだ。結構深刻だったんだけど。

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1,134字

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