暗黒日記Z #4 「奇々怪々」
あれは心霊体験だったのだろうかと思うような体験を人生で二度ほどしたことがある。一つは明確に恐怖を感じて竦み上がってしまうようなものだったが、もう一つはその瞬間はまるで恐ろしさなど無く、数年経ってから初めて異様なことだったのだと気が付き、遅れて背筋が寒くなった。
私が小学校に入る少し前の頃だったと思う。引っ越しをするにあたって、家族総出で内見に行った。あまり新しくない集合住宅の一室で、部屋数は四つほど、何ということはないごく一般的な住まいである。
和室とリビングがつながっていて、襖で仕切れるようになっている部屋に入った時、私は和室の奥の押し入れに誰かがいるのを見つけた。開けっ放しの押し入れの棚板に、年の頃は当時の私とそう変わらないであろう少年が腰掛け、両脚をプラプラと揺らしていたのだ。白い無地のタンクトップに灰色の短パンで、頭は丸坊主だった。やけに汚れているのも印象的だったのを覚えている。まるで、大変な災害か、さもなくば戦火からでも逃げてきたかのように。
少年は私と目が合っても表情を変えなかったが、すぐに走って部屋を出て行ってしまった。なんとなく私は追いかけようとしたが、あっという間に外へ消えたので追いかけようもなかった。家族は誰も少年のことを気にする様子もなく、不思議ではあったが私は「そういうものなのだろう」と理解した。引っ越しをするときは、自分達の前にその部屋に住んでいた人のうち一人が残ってくれていて、新しく住人になる人が来る時に顔を見せてくれるのだと、そう思った。
は?
オカシイ。オカシイ。何もかもがオカシイ。絶対にオカシイ。オカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイオカシイ。
内見で前の住人が顔を見せてくれるなんてことあってたまるか。百万歩譲ってそんな文化が、絶対にありえないがローカルルールがあったとして、年端もいかぬ子供を一人寄越すはずがない。その上なんだ、坊主でタンクトップで短パンで薄汚れてるってどういうことだ。
思い返せば返すほど意味が分からなくて混乱する。作り話だと思うかもしれない。そう思ってくれて構わない。証明する方法は一つもないし、何なら作り話であってくれた方がこちらとしても嬉しい。だが事実として私は少年を見てしまったし、姿をはっきりと覚えているし、十数年、もうそろそろ二十年が経とうというこんなタイミングでもついこうやって語ってしまいたくなるほどには、忘れられない体験だったのだ。
私がホラー映画や漫画、もしかするとデスメタルやゴスがやたら好きなのも、その体験が原因なのかもしれない、とまで言ってしまうのは流石に過言だしこじつけが酷い。それでも、私は小さかった頃の記憶がほとんどないのだが(病気とかではなく単純に覚えてない。ほんと病気とかじゃない。大丈夫大丈夫病気なわけない。大丈夫大丈夫大丈夫。タービンはちゃんと回ってるわ、大丈夫よ)そんな中でハッキリと覚えている記憶の一つがその少年がいた部屋の光景なので、何らかの影響は受けていそうではある。私の情操に反映されている部分は少なくないはずなのだ。
でなければこんな音楽を好んで聴いたりしないと思うのである。
なんだこれは。やかましい。メロディなんて無いようなものだし、リズムだってあるんだか無いんだか分からない。ボーカルが何を歌ってるのか一語すら聴き取れないし、まるで鼓膜に鋼鉄でも叩きつけられているみたいな強烈すぎるグルーヴが最悪だ。プレイリストに入れて延々聴いていたいしもっと他にも似たようなバンドがいないか探したくなる。一生聴いてても飽きないだろう。本当にいい加減にしてもらいたい。
心霊体験っぽいものを二つ経験したことがあるとのたまっておきながら一つしかまだ話していなかった。だがもう一つの方は大した話ではない。金縛りで夜中に起きたら枕元で白衣を着たカマキリのような怪人と血みどろのナースが踊っているのを見たというだけのことだ。こんなよくある話を掘り下げても仕方ない。
一応少し追記するが、これこそ嘘だと思うだろう。寒いボケだと一笑に付すのが自然な反応だ。ところがぎっちょん。こっちも事実なのである。しかしいくらなんでも荒唐無稽なので私も夢だったのだと思うことにしている。ただ、夢だったとしても意味が分からない。深層心理で人外達と乱痴気騒ぎをしたいと思っているのか私は。
思ってるわ。それは結構楽しそうだわ。こちらに害が無いのだとしたら是非とも参加させてもらいたいわ。悲しいかな、やはりどう考えても夢なのでそれは叶わないが、妙なことにその光景も件の少年と同じくらいハッキリと覚えているのである。しかもこちらは幼い頃ではなく高校生か専門学校生だった頃のことだった。キーン!という耳鳴りと共に目覚めれば全身が動かなくなっていて、何者かの気配を感じて必死に目を動かすと先述した二人(?)がいたのだ。ふざけるのも大概にしてほしい。
そこはもっと恐ろしい何かがいなければ駄目なところだ……とかやり出すとキリがないのでもうやめておこう。一つだけ言えるのは、その経験をしてからしばらく私は何度も金縛りに悩まされ、とうとう家を出て一人暮らしを始めるとピタリとそれは止んだということである。つまり、あれは私ではなくあの家に原因があった可能性が高いわけだが、そこにはもう私の知る人達は住んでいない。家族はもう別の場所に引っ越したのだ。ということは、今後どこかの誰かがあのおかしな白衣とナースに金縛られるかもしれなく、そんなどうかしてる体験談がネットのどこかから聞こえてきたとしたら、ともすると私は長らく連絡を取っていない古い友人の近況を聞いたような気持ちになってしまいかねないので非常にシャクである。とかくこの世は奇々怪々で、今後ともそうあってくれれば嬉しかったりもする。
では今週のやつ。
よく見るとボーカルめちゃくちゃ綺麗な顔してんの笑うんだよな。
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