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YA【一年ぶりの涙】(2月号)


©️白川美古都
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 今年のバレンタインデーは日曜日だ。
 月ノ島中学校の授業も演劇部の活動も休みだ。義理チョコも友チョコもパスして問題ないだろう。

 二年生の森下聖は、クラスメイトで同じ演劇部の石川奈都と帰路についている。空はどんよりと薄暗い。吹き付ける風は肌を刺すほど冷たく、耳のはしが痛いくらいだ。
 ヒジリは今朝のニュースを思い出す。
 明日から、雪模様になるでしょうと、天気予報がいっていた。
 今年の初雪で、おまけに、大雪になるらしい。
 ヒジリは赤いマフラーに、ナトは青いマフラーに、それぞれ首をうずめる。顔を見合わせてふふふと笑う。
 お互い、訳有りマフラーなのだ。

 去年のバレンタインデーに、お互い好きな人にチョコレートと一緒に渡そうと、手編みのマフラーを編んだ。
 二人ともあえなく告白に撃沈して、自分の首にまいている。デコボコの編み目のマフラーでも十分温かい。
 今年、ヒジリにはチョコレートをあげたい男子はいない。大好きだった先輩は卒業した。
「今頃、どうしているのかな? 織田先輩は女子にもてたから、高校にいったら、すぐに彼女ができたんだろうな」
 告白してから一年が経つというのに、ヒジリの胸がうずく。


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 一年生の去年、三年生の織田に恋をしていた時は毎日が楽しかった。
 同じ演劇部で、卒業公演の題目は、ロミオとジュリエットだった。織田先輩がロミオ役、ジュリエット役には、ヒジリが抜擢された。
 期待と不安の舞台は、ちょっとイタイ想い出になった。緊張で頭が真っ白になって台詞はふっとんだ。
 それでも、カンペを棒読みしながら舞台は進んで、クライマックスの名シーン、有名な場面がきた。
 あぁ、ロミオ、あなたはどうしてロミオなの? 
 さすがに、この台詞はカンペを見なくても、ヒジリは覚えていた。しかし、織田の美しい瞳ばかりを見つめていたヒジリは、突然、口走ってしまったのだ。
「織田センパイは、どうして、織田センパイなの?」
 心の中で思っただけの言葉は声になっていた。
 客席から笑いが起こる。織田センパイのファンの女子からブーイングを浴びる。
「そんなこと言われたって、オレんち、織田だもん」
 ヒジリの失言に、真面目な顔をして織田は答えたのだ。
 再び、爆笑が起こった。
「織田センパイ、意外と、彼女、いないかもよ。確かに、顏は良かったけれど、ちょっと天然だったからねぇ」
 ナトは冷静に分析する。
「あの日、悲劇がすっかり喜劇になっちゃったもんね」
 ヒジリは頭をかく。
 二人は立ち止まり空を見上げた。
 今、二人とも恋をしてない。二人とも終わった恋を引きずっている。
 
 ヒジリの失恋は笑い話にできるけれど、ナトの失恋は笑えない。
 ナトの憧れの先輩は、ナトの心を傷つけた。笑顔でマフラーを受け取って、校舎のゴミ箱に捨てた。
 それをヒジリが拾って洗濯した。


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「手作りチョコレートの材料って、これで足りそう?」
 ヒジリが家に帰ると、母が台所のテーブルの上に手作りチョコの材料を並べていた。
 ブロックのチョコレートに、マシュマロ、クッキー、デコレーション用の粉砂糖もある。
 包装紙は百円均一の物が用意されている。
「足りそうって、今年は、チョコレートを作らないよ」
「お母さんが作るのよ、ヒジリは手伝ってちょうだい」
「はぁ? なんで?」
「今度の日曜日、会社に休日出勤になっちゃったのよ」
 ヒジリの母は働いている。
「何個、作るのよ?」
「とりあえず二十個」
 ヒジリが母と騒いでいると、父が帰ってきた。
「ただいま、お……」
 一瞬、父は台所を覗くと、そそくさと洗面台に向かった。
 勘違いしたみたいに、口元の笑みをかくして。
 ヒジリと母は顔を見合わせた。
「ねぇ、お母さん、去年、お父さんにチョコレートをあげたの?」
「去年もなにも、お父さんにチョコレートをあげた記憶がないわ」
 あっけらかんと母は答えた。
「お父さんのあの顔、チョコレートを期待したんじゃないのかな」
 母は面倒くさそうに、ため息をついた。

 週末、ヒジリの家にナトが遊びにきた。
 ヒジリの母はお世辞にも料理上手ではない。母の手作りのお菓子なんて、ヒジリは食べたことない。
 ナトはお菓子作りが上手だ。去年のバレンタインデーも、こうして二人で手作りのチョコレートを作った。
 今年はいちおう母も参加しているので、狭い台所に女子が三人集まっている。
「まずは、お湯を沸かして……、ちょっとお母さん、何してるの?」
 ヒジリが大きな鍋を探していると、母は小鍋にチョコレートブロックを入れた。
「何って、チョコレートを溶かすのよ!」
 あろうことか、母はガスをつけ直火に鍋をかけた。
「あ、あたしが代わりますね」
 ナトの顔が引きつっている。あわてて、小鍋を持ち上げて、ナトはヒジリと目を合わせた。
 了解。
 ヒジリは、ナトの言いたいことをすぐに理解した。
「はい、お母さんは大人しく座っていて」
「そう? なら、若い子に任せちゃおう」
 お母さんはエプロンを外して居間の炬燵に入ってしまった。
「もう……、ナト、ごめんね」
「ううん、楽しいからいいよ」
 そういうナトは、心から笑っていなかった。ヒジリはナトが去年のことを思い出しているのが解った。


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 恋をすると、どうして、あんなに幸せなのだろう? 
 ヒジリは毎日、スキップしたい気持ちで過ごした。
 ヒジリに比べるとずいぶん控えめではあったけれど、ナトも瞳をきらきらさせて先輩の背中を見つめていた。
 ナトの憧れの先輩の名をヒジリは忘れた。いや、正しくは忘れることにしたのだ。

 織田センパイは学校内でも人気があったが、ナトのその人は目立たない眼鏡をかけた秀才だった。
 折り畳み傘を貸してくれたのよと、好きになったきっかけを、ナトは教えてくれた。やさしい人なのよ。
 頬を赤く染めるナトの横顔を、ヒジリは覚えている。
 冬休みには、二人でマフラーを編んだ。
「まにあうかな?」
「かな、じゃなくて、まにあわせるのよ!」
 二人とも編み物は初めてで、ほどいては編むを繰り返した。なんとか形になった時、バレンタインデーの前日だった。
 編み上がったマフラーをお互いの首にかけて、顏をうずめた。
 ふわふわした毛糸の中に、もこもこした幸せのつまったマフラー。
 織田センパイは赤色、ナトの憧れの先輩は青色。

「ヒジリ、お湯が沸いたから、チョコレートを湯せんで溶かすね」
「うん、お願いね」
 ナトは慣れた手つきで、銀のボールに入れたチョコレートブロックを溶かしている。ヘラを動かす手はやさしい。
 去年と同じようだけど、今年はもっとやさしい、ヒジリの目にはそう感じた。
 ナトは自分が心を込めて編んだマフラーが捨てられるのを見ていた。そのナトの横顏をヒジリは見ていた。
 ナトのきらきらした大きな瞳は凍り付いた。ナトが泣きだしたら、ヒジリは怒ることができたのに。
 ナトは笑ったのだ。
 一瞬、間をおいて、ふられちゃったと笑ってみせた。それは、笑顔と呼べるものではなかった。
 泣いてもいいんだよ、と言いかけて、ヒジリは言葉を飲み込んだ。くやしかった。

「ヒジリ、カップを並べて、お菓子を入れてくれる? 二十個ね」
「うん、任せてね」
 ヒジリは丸いカップを並べる。クッキーとマシュマロを入れていく。そこに、ナトがチョコレートをかける。その上に、ヒジリが粉砂糖を降る。
「きれい……」
 二人はていねいにチョコレートを作った。後は、チョコレートが固まるのを待つだけだ。

 ヒジリは織田センパイを思い出していた。
 背が高く目が大きく筋肉質で、笑うと、森のクマさんみたいだった。去年、ヒジリのチョコレートを、織田は三口でたいらげて、
「うまい!」
 と言ってくれた。それから、
「これは返す」
 と、ヒジリの首にマフラーをまいてくれた。
「ごちそうさん、ありがとう」
 失恋だったけれど、さわやかな失恋だった。
 好きな人の首に巻かれなかった赤いマフラー。ナトの青いマフラーは、好きな人の首に一度だけ巻かれた。
 アリガトウの直後、ほどかれたマフラーはゴミ箱に捨てられた。その上に、チョコレートは箱ごと投げ込まれた。校舎の陰で、二人は息をひそめていた。
(人って怖い……。人って哀しい……)
 ふいに、温かいものがほおを伝って、ヒジリは驚いて手のひらでぬぐった。隣りで、ナトは鼻をすすった。
 怖くて横を見られなかったけれど、泣いているといいなと思った。無理して笑っているよりもたくさん泣いて欲しい。そうしたら、きっと、ちゃんと笑えるようになる。
 一年ぶりの涙がようやく流れだした。

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〜創作日記〜
YAを書かせて頂いて2月号にバレンタインデーをテーマにしたのは2回目だろうか。どちらも、「恋愛」ぽくは書かなかった。
人って泣きたい時に笑ってしまうのは何でだろうね。
そんなやさしい作品を書きたかった。

イラスト:parincafe様

新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。