YA【恋はサイコーのスパイス】(7月号)
今年の梅雨はなかなか明けない。じめじめした天気が続くのに、一年生の田村健斗の食欲は落ちる気配がない。
健斗はスクールランチAの牛丼をかきこんで、美味そうに豚汁をすする。おしんこを口に放り込んでまた牛丼を頬張る。お盆の隅には母に握ってもらった特大のおにぎりも一個のっている。
「ケント、おにぎりの具は何だよ?」
同じテーブルの岡村が、健斗のおにぎりを指さした。
「ん? 唐揚げだよ」
健斗が答えると、
「え! 美味そうだな、一口くれよ」
これまた同じテーブルの村瀬が声をあげて、向かいの席から身を乗り出した。
「ダメ、絶対にダメ」
健斗はお盆を自分の方にひきよせた。
おにぎりは、健斗の大好物だ。具はその日によって違うが、毎朝、忙しい母が持たせてくれる。
スクールランチを利用しているが、健斗はそれだけでは足らない。正直なところデザートもあれば嬉しいけれど贅沢はいえない。それに、最近、体形も気になってきた。
健斗はいわゆるぽっちゃり系だ。岡村と村瀬も似たりよったりの体付きをしている。三人は名字に【村】が付くこともあり、誰が最初に言い出したかは忘れたが、ムラムラトリオと称してつるんでいることが多い。
岡村と村瀬は、健斗がおにぎりにかぶりつくと、いいなぁと指をくわえた。
「じろじろ見るなよ」
「なぁ、どんな味?」
「香ばしい醤油のから揚げが白い米に合うんだな」
健斗はうっとりと答える。
と、そこに、いつものように、女子三人組がお盆を持ってやってきた。
近藤、藤井、それから遠藤忍。
女子たちは丼物やがっつりおかずのスクールランチAよりも軽めのスクールランチBを頼むことが多い。
健斗は思わず手を止める。
今日のスクールランチBはサンドイッチだ。
白い皿にきれいに並んだ三角形のサンドイッチは、ハムとキュウリの色が鮮やかで、いつもながら美味そうだ。それに、皿の端のサラダのよこに、四角いサンドイッチが二切れ付いている。あれはデザートのフルーツサンドだ。
健斗はフルーツをはさんだサンドイッチを食べたことがない。
一度でいいから食べてみたいのは岡村も村瀬も同じだ。
三人組は顔を突き合わせて、ひそひそ声で話す。
「今日のフルーツサンドは、生クリームと蜜柑、それと生クリームとイチゴだな。一切れ、くれないかな」
指先についた米を食べながら、健斗はいう。
「おまえは、おにぎりを食っただろうが。一切れもらうのは、オレだよ」
岡村が真顔で抗議する。
「デザートは別腹だ」
言い返す健斗に、村瀬はあきれる。
「女子たちがフルーツサンドをくれるわけないだろうが」
それもそうだ。
フルーツサンドは女子にも絶大な人気がある。同じテーブルの端から聞こえる、美味しい! という声。
あっ、近藤さんがフルーツサンドを食べている。藤井さんも続く。
ムラムラトリオはこっそり盗み視るのを忘れて、思わず凝視していた。すかさず気の強い近藤さんの声が飛ぶ。
「何見てんのよ!」
「すみません……」
三人組は縮こまると、口の中に溜まったよだれをごくんと飲みこんだ。
その日のスクールランチAはカツ丼だった。
健斗はカウンターでお盆を受け取ると、いつもの窓際のテーブルを見た。二年生だろうか、見慣れない先輩たちが座っていた。
岡村と村瀬は職員室によってから食堂に来るといっていた。どこに座ろうかな。ふと、食堂のすみを見ると、遠藤忍が珍しく一人でランチを食べていた。
「あの、ここ、座ってもいいかな?」
健斗が声をかけると、忍は驚いたようにうなずいた。
いつも一緒にいる近藤と藤井の姿はない。喧嘩でもしたのだろうか?
「あっ、二人なら英語のプリントを出してから来るって」
健斗の視線に、忍が小声で答えた。
忍は小柄でクラスの中でも大人しくてあまり目立たないが、しっかりしてどこか大人びた雰囲気がある。授業中、教師にあてられると、椅子の音を立てないように立ち上がり、正答を述べるとまた静かに座る。今も、スープカップに手を添えて、コンソメスープを飲んでいた。
「そっか、同じだね。こっちもあと二人来るけど、座れそうだね」
岡村と村瀬も英語の補修のプリントを出しにいったのだ。
今回の試験では、健斗はギリギリで補修は免れた。きっと、忍は余裕で平均点以上を越えただろう。
健斗は忍のとなりの席に、ガシャンとお盆を置いた。
その音に、忍は手を止めた。
(あっ、ごめん……)
声に出す代わりに椅子を静かにひいた。
健斗は着席して、制服のポケットからおにぎりを取り出した。適当に突っ込んだおにぎりは、三角形の角が崩れて丸くなっている。
健斗はいつもの癖でおにぎりをさらにボールのように丸めると丼の横に置いた
(さて、食うぞ!)
カツ丼の卵の半熟具合がたまらなく美味そう。ワカメの味噌汁とキュウリの漬物付きだ。
「いただきまーす!」
健斗が手を合わせると、
「はい、どうぞ」
小さな声がした。えっ?
「あ……」
忍が恥ずかしそうに口元を押さえた。
「いただきますって言われて、つい……。私のうち、両親が共働きだから、私が弟にご飯を作ってあげることが多いの」
忍は綺麗にまいたスパゲッティーを口に運んだ。
「そっか、えらいね」
健斗は丼を片手でつかむと、箸をスプーンのように使ってご飯をかきこんだ。お盆にぼろぼろ米粒がちらばる。
「えらくなんかない」
忍は恥ずかしそうにうつむく。
健斗はカツ丼のカツをくわえたまま、忍の方を見た。目が合ってカツを落としそうになって、慌てて手で口に押し込む。
健斗の豪快な食べっぷりに、忍はぽかーんとした。それから、やはり小さな声で、
「いいな」とつぶやいた。
何がいいのか尋ねたかったが、口の中に米を詰め込みすぎて声が出ない。
忍はスパゲッティーを口に運びながら、想いを言葉にしてくれた。食べながら話すことをしないので、とてもゆっくりだ。
耳を傾けていると、自然と健斗の食事のペースも遅くなる。遅くといっても、十分に普通だ。
忍が言うには、ついつい弟に注意してしまう自分が嫌だというのだ。
「お箸の持ち方とか、こぼさないで食べなさいとか、私、弟にきちんと食べて欲しくてついついうるさくなっちゃうの。本当は、ちょっとくらいお行儀が悪くても、美味しそうに食べてもらえるのはすごく嬉しいのに」
忍はフォークを置いて、さらに小声になった。
「私ね、一度でいいから、スクールランチAの丼物を食べてみたい。田村くんたちが美味しそうにかきこんでいるのを見ると、いいなって思ってる。だけど、女子の付き合いもあるし。やっぱり女子が丼物ってへん?」
「へんじゃない、有りだと思うよ……」
そう答えてから、健斗も憧れのフルーツサンドのことを思い浮かべた。
ボリューム面の不安はおにぎりで解消できる。
でも、男子がサンドイッチを食べていたらへんかな? という葛藤はある。特に、大柄な健斗が太い指でフルーツサンドをつまんでいたら……、あぁ、だけど、一度でいいから食べてみたい!
「田村くん? どうかした?」
上の空の健斗に、忍が首をかしげる。
「いや、実はね」
健斗はフルーツサンドへの想いをおにぎりを食べながら熱く語った。
今日のおにぎりの具は醤油をかけたオカカで、健斗の大好物という訳ではないがやけに美味い。
忍は口元を手で押させて、声をあげて笑った。そして、健斗の耳元でささやいた。
「フルーツサンドは譲れない」
「そんなに美味いの?」
忍は目を丸くしてうなずく。
健斗のハートに火が付いた。
「今度のサンドイッチの日には、絶対にスクールランチBを頼む!」
健斗が宣言すると、忍も続いた。
「私は今度の牛丼の日には、スクールランチAにする!」
二人は顔を合わせて笑った。
なんだか、今日のランチはゴチソウでも食べているみたいに美味い。
と、そこに、遅れていた四人が合流した。
「ケント、今日も唐揚げのおにぎり?」
岡村が空っぽのラップを指さす。
村瀬が、いいなぁと肘でこづく。
(いいだろう、いいだろう)
健斗は黙っていた。
サンドイッチのことは二人には話さない。当日までのお愉しみだ。
忍と目を合わせると、鼻の下がこそばゆくなった。
ふふふと、口元を押さえる忍。
健斗はにやける口元を隠すように掌でぬぐった。
新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。