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YA【歩道橋の向こう側】(4月号)


©️白川美古都


2014/4月号/p1

昨日、四月八日、不安でいっぱいだった緑ヶ丘中学校の入学式は、里美の不安を何一つ解消するどころか、さらに不安をふくらませて終了した。
 松浦小学校で仲良しだったテッシーこと勅使河原さんとほりっちこと堀さんは、二人そろって、私立の中学校へ進学した。公立の緑ケ丘中学校へ入学したのは、里美だけだ。
 友だちができるだろうか、そんな子どもじみた心配もない訳ではないけれど、里美の悩みはもっと深刻だ。
「椿団地の子と、友だちになったらダメよ!」
 春休みの間から、ずっとママに念を押されている。
「うん、わかってる」
「ガラの悪い子と付き合ったら、あぶない事件に巻き込まれて、一生が台無しになることだってあるんだから」
 緑ヶ丘中学校は、松浦小学校と椿小学校の間にある。中学校には学区の関係で、どちらの小学校の卒業生も入学してくる。
 椿小学校へ通うほとんどの子は、歩道橋のむこう側の椿団地という大きな市営団地に住む子どもたちだ。
 以前、里美はたまたま歩道橋の近くを通りがかったとき、コンビニの駐車場でしゃがみこんでいる子たちを見かけた。笑い声をあげてスナック菓子を食べる姿は、道路をはさんでいても、正直怖かった。
 それに、椿団地の付近では、新聞にのるような事件も起きた。年末には、放火によるボヤが相次いで犯人はまだ捕まっていない。新聞には、目撃者の話によると、犯人は子どもらしいとも書いてあった。
「さとみ、さっさと、朝ご飯を食べちゃいなさい。入学二日目から遅刻なんて冗談にならないわよ。内申書にひびいたらどうするの」
「まだ、大丈夫だよ」
 里美は朝食のヨーグルトをかきまぜている。中学校までは徒歩十五分だ。小学校とは反対方向になったが、距離はぐんと近くなった。
「名札は?」
「あっ、大丈夫じゃない」
 二階にかけあがり、真新しい向井という名札をつける。名札の横には緑色の葉の形の校章がついている。ため息がこぼれる。一階にかけおりて、いってきますと叫ぶと玄関をとびだした。


2014/4月号/p2

 
里美は中学校の方向へだらだらと歩いた。ぴかぴかの学生鞄、真っ白な靴、靴下に、平凡な濃紺のセーラー服。腕時計は、入学祝いにパパが買ってくれた。
「お祝いなんてへんなの。公立の中学校なんて、みんな入学できるじゃない」
 里美はテッシーやほりっちみたいに、私立の中学校へ進学したかった。受験勉強は大変そうだったが、かわいい制服や付属の高校、大学へ進学する話をきいていると、一人取り残されたような気持ちになった。
 両親に一度だけ、私立の中学校を受験したいと言ったことがある。しかし、マイホームのローンを返す為にパパは朝から晩まで働いているし、一人っ子の里美が中学生になったら、ママも勤めに出ると宣言していた。
 のろのろ歩いているのに、あっというまに中学の校門へ向かう坂道にさしかかる。昨日は母親と二人でこの坂をくだった。オチテイク。その先にある中学校。そこからはいあがらなくては、テッシーやほりっちには追いつけない。


2014/4月号/p3

 一年A組のドアをあけた。A組には、有松小学校でまあまあ仲の良かった佐藤さんと島田さんがいた。おはようと、里美が軽く手をあげると、もうすでに席についていた二人はにこっと笑いかけてくれた。少しホッとする。
「三年間だけ緑ヶ丘中学校でがまんして、勉強していい高校へ行きなさい。そうすれば椿団地の子たちとはお別れよ」
 最初は不愉快に感じたママの言葉は、入学二日目にして、里美の心の御守りになっている。後ろから二番目の自分の席につこうとしたときだ。
「ヒナったら、ちょーうける」
「そんでさぁ」
 里美の机に、後藤さんがでかい尻をのせて腰かけていた。そのとなりには脇本さん、そして、里美の椅子には、なぜか森沢さんが座っている。里美のほおがひきつった。椿小学校出身の三人組だ。
 しかも、ヒナと呼ばれている森沢ヒナは、三人組のリーダー格だ。髪の毛も染めているのだろうか、太陽のひかりを反射すると焦げ茶色に見える。上着はくたっとしていて、スカートのすそは短くて、ニーハイソックスが丸見えだ。
 一瞬、里美は三人組にあいさつしようか迷った。
 どいてもらわないと、自分の席につけない。それに、森沢さんとは会話ができる程度の関係を保ちたい。というのも、昨日の入学式のあと、里美は森沢さんとセットで美化委員にされてしまったのだ。
 一年A組の担任の平井先生は大学卒業二年目で、初めてクラスを任されたという。時計ばかり気にして、ホームルームで話しあって決めるはずの委員を、あいうえお順で前から勝手に決めてしまった。
 あ、あのぅ……、三人組の斜め後ろまでよったが、大きな声がでない。どいて欲しいと言って怒らせてしまったら怖い。でも、近くで立ち尽くしているのもへんだ。もしかしたら、森沢さんは席をまちがえているのかもしれない。うつむきかげんで歩く。
 里美の次の番号が森沢ヒナだ。窓際の一番後ろの特等席だ。後ろまで行って、ボーゼンとした。日のあたる机の上に、森沢さんの鞄が置いてある。三人組は里美の席だとわかっていて、つるんでおしゃべりしている。
 里美は窓の前まで行って、外の風景をながめているふりをした。始業のチャイムが鳴るまで、とても長い時間に感じた。


2014/4月号/p4

 里美は手にゴミ袋をぶらさげて運動場を歩いている。授業は半日で終わったのに、いきなり美化委員の初仕事だ。ゴミを集めて、ゴミ置き場においてくるだけなのに、里美にはものすごく不幸に感じてしまう。
 里美から三歩くらい離れて、後ろから森沢さんがついてくる。さっきから空ばかり気にして、長い前髪で顔をかくすようにしている。短いスカートのすそをひっぱり、上履きのままで運動靴にはきかえてない。
 生活指導の鬼頭先生に見つかったら怒られるのに……、と思ったけれど、里美が注意できるはずもない。でも、美化委員の仕事をするとは意外だった。ばっくれるにきまっていると、内心、里美は決めつけていた。
「ここで終わりです」
 野球部の裏のゴミ箱の前で、里美は消え入るような声で言った。森沢さんは、やっぱり何も答えずに鼻歌を口ずさんでいる。さっきから、回収場所についてはくるものの、ゴミを袋に入れるのは里美だ。
 ため息をこらえて、里美はゴミ箱をのぞきこんだ。そして、思わずうわっと声をもらしていた。何か濁った液体の入ったペットボトルが一本、転がっている。へんなにおいがしている。ゴミバサミでつかむのもためらわれる。
「んっ? どした?」
 初めて、森沢さんが口をひらいた。里美の返事をまたずにゴミ箱をのぞきこむと、あぁなんだと手をつっこんだ。
「よごれちゃうよ!」
 里美は普通に話しかけていた。森沢さんはふんっと鼻で笑って、これ、お姉ちゃんのお下がりだからいいんだ、と制服をあごでしゃくった。そして、ペットボトルの水をどぼどぼ捨てると、里美の持っている袋にぽんっと入れた。
「あのさ」
 森沢さんから口をひらいた。
「席、かわってくんない? 光アレルギーなんだ」
「え? あぁ、うん」
 里美はうなずいた。心臓がどくどく鳴っている。光アレルギーの子は、松浦小学校にもいた。太陽のひかりを浴びると、肌にぶつぶつができるのだ。それから、日あたり抜群の森沢さんの席を思いだした。
 里美はゴミ置き場へむかうとちゅう、フェンス脇に生えている桜の木の下を歩いた。陰を選ぶようにして歩きながら、ちらっと後ろをふりむく。森沢さんは髪の毛から顔を出して桜の木を見ている。
 里美も顔をあげた。まだちょっと心臓が弾んでいる。

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©️子とともにゆう&ゆう(愛知県教育振興会)


新人さんからベテランさんまで年齢問わず、また、イラストから写真、動画、ジャンルを問わずいろいろと「コラボ」して作品を創ってみたいです。私は主に「言葉」でしか対価を頂いたことしかありませんが、私のスキルとあなたのスキルをかけ合わせて生まれた作品が、誰かの生きる力になりますように。