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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (3)

 その日の夜。テーブルの上には美味しそうなオムライスが置いてある。それを前に、ぼくは先程の出来事を両親とサヤに話した。
「……ということなんだ」
 ぼくは一部始終を話し終えると、ダイニングテーブルを挟んで向かい側に座っているお父さんを見やった。お父さんは目をまん丸くしながらぼくを見た後、テーブルにミネストローネが入ったマグカップをテーブルの上に置き、全身を震わせながら大笑いした。
「猫がしゃべるわけないだろ、ナオト」
「本当だって!うそは言ってないって」
 ぼくはむきになってテーブルからその身を乗り出す。
「どうせ寝ぼけてたんでしょ」
 そう畳みかけるように言ったのは、サヤだ。サヤはオムライスにぱくつきながら、続ける。
「今朝は早かったもんねー」
「寝ぼけてないよ」
「そうね。サヤの言う通りね」
 そう言ったのは、母さんだ。
「でしょー?」
 味方をみつけたサヤはニヤリと笑った。その後も、ぼくは本当に見たことを力説したが、どんなに言ってもみんなは信じてくれなかった。
 数時間後。深い意識の奥底で、何か音がする。最初は小さかったけど、次第にそれは大きくなっていった。それは何か固いものをたたくような音だった。トントン、トントン。何だと思って、ぼくは目を開けた。ぼくは起き上がると、ベッドの脇にある時計を見た。時間は午前六時。みんなまだ寝静まっている時間だ。ぼくは、反対側で寝ているサヤを見た。サヤは、うつぶせの体勢で寝ている。誰も起きていないことを確認したところで窓に近づく。ぼくは震える手で窓を開けた。
「え……?」
 目の前に現れたものを見たぼくは、思わず固まった。
「朝早くからすまな」
 先程の音の主は、あの時に助けた猫だった。ぼくは反射的に窓を閉める。

 ぼくは窓の前に立ち尽くしたまま、一体どういうことなんだと考えた。もし、みんなの言う通り、あれが夢なら、ぼくは寝ぼけていることになる。なら、眠気覚ましに外の空気を吸いにがてら、本当かどうか確かめよう。ぼくは深呼吸して心を静めた後、窓を開けようと手を伸ばした。その瞬間、手が触れるより早く窓が開いた。
「驚かせてすまない」
 その声は、機械のように固いが、アナウンサーのようになめらかだ。
「え……」
 ぼくは自分の頬をつねる。つねったところに鋭い痛みが走った。ぼくは痛む頬を抑えながら、ぽつりとつぶやいた。
「夢じゃなかった」
 猫は伸びをすると手すりからぴょんと窓際まで飛び降りた。ここまでは普通の猫と同じだ。しかし、次の瞬間、そいつの背中から急に小さめの羽のようなものが生えてきた。猫はそれを小さくパタパタとはためかせながらこう言った。
「少年よ、先程は助けてくれてありがとう。君は本当に優しい心の持ち主のようだね」
 ここで、ぼくは一番聞きたかったことを聞くことにした。ぼくは静かに右手をあげた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「別に、構わないが」
 猫は平べったい調子でそう言った。
「なんで、しゃべれるの?」
「しゃべる?」
 猫は青い瞳で、ぼくの顔を見る。
「人間の言葉」
「ああ……」
 猫は、ぼくの目の前に、肉球を備えたふわふわの手を差し出した。
「それは、ここで話すには少し荷が重すぎる」
「え?」
「河岸を変えよう」
 猫がそう言うと、急に目の前が真っ白な光に包まれた。
「うわっ!」
 驚く間もなく、次の瞬間にはアパートの前にいた。
「ちょっ、どうなってんの?」
「これくらいは朝飯前だよ。われわれにとってはね」
「われわれ?」
 ぼくはポカンと猫を見つめた。
「われわれは、この宇宙のかなたよりやってきた集合情報知性体だ。この生き物を対異星コミュニケーション端末として利用している」

(続く)

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