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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (9)

 放課後。ぼくは、ヒロキくんたちと帰っていた。昼休み以来、ぼくは、彼らと完全に打ち解けていた。ぼくたちは、たわいのない話––見たテレビの話や、お気に入りの漫画の話が主だった––をしながら、緩やかな坂を降りて行く。しかし、そんな楽しい時間は、すぐに終わってしまった。
「ナオト、じゃあな」
「うん」
 ぼくのアパートが近づいてきたからだ。ここでぼくはみんなと別れ、一人になる。寂しさを覚えながら、一人で歩いていると、頭の中にテレパシーが飛んできた。チャコだ。
(そろそろ出ていいか?)
「いいよ」
 ぼくがそう言うと、チャコはランドセルの中からニュルッと出てきた。
「まったく、狭いところでじっとしているのは性に合わない」
 チャコは伸びをすると、ぼくの肩に飛び乗った。
「ナオトくん」
「何?」
 ぼくは歩きながら答える。
「君はどうして友達というものにこだわるのだ?」
 それはこの十一年の人生の中で初めて聞かれることだった。でも、答えは決まっている。
「ここでの思い出を忘れないためだよ」
 ぼくはさらに続ける。
「ぼくね、本当は東京生まれじゃないんだ」
「東京から来たのに東京生まれではない?どういうことだ?」
「ぼくのお父さんは、いわゆる転勤族というやつでね、ぼくが生まれる少し前から日本各地を転々としていたんだ」
「ほう」
「ぼくが生まれたのは北海道で、妹のサヤは大阪だった。で、それ以降は来てから二年後に引っ越し、また二年後に引っ越しの繰り返し」
「そうか」
 チャコは興味深そうにぼくの顔を見た。
「二年しかいないと、思い出がだんだんと薄れていくような気がするんだよね。でも友達と一緒だと思い出に残るから、作ろうと決めてるんだ」
「うむ」
 チャコはぼくの目をキラキラの星空のような瞳でのぞき込んだ。
「ならばわれわれもこの地でできた友達か?」
 ぼくも見つめ返す。
「うん、もちろん」

 次の日の昼休み。給食も終わり、クラスのみんなが廊下へ次々と飛び出していく中、ぼくは、ヒロキくんにこう言った。
「ヒロキくん、ちょっといいかな?」
「ん、何?」
 ヒロキくんはランチョンマットを巾着袋にしまいながらそう返事をよこした。
「申し訳ないんだけど、この学校の図書室がどこだか教えてくれないかな?」
「うん、いいよ」
 ぼくは胸をなで下ろした。初めての場所だから、一人だと不安だったからだ。
「ありがとう。助かるよ」
 数分後。図書室に向かう廊下で、ヒロキくんはぼくにこう言った。
「ナオト、おまえって本好きなのか?」
「うん、好きだよ」
 ぼくがそう答えると、彼は目を見開いた。
「え、難しい小説とか読むのか?」
「子供向け小説とかね。あと漫画も読むよ」
「へえ」
 そうこう話しているうちに、ぼくたちは図書室に到着した。
「ほら、着いたよ」
「失礼しまーす」
 ガラリと戸を開けると、いきなり静けさがぼくたち二人を出迎える。
「誰もいないのか?」
 ヒロキくんは、戸口から顔を出したまま周りをキョロキョロと見つめた。
「いや、少しはいるんじゃない?」
 薄暗がりの中、目をこらすと、本棚の陰にちらほらという感じだけど、本を読んでる人たちがいた。ぼくはゆっくりと奥へと進み出る。ぼくの背丈より高い本棚。中にはぎっしりと本が入っている。ぼくはその中から一冊を取り出した。
「え、いきなりむずかしいやつからいくのか?」
 ぼくの持っている本の表紙を見たヒロキくんは、かちんとその場に固まった。それに書かれていたのは、<宇宙と星の不思議>というタイトル。内容はタイトルが示す通り、宇宙の神秘を子供にわかりやすく話すというものだ。
「別にむずかしくないよ」
 ぼくは開いたページに目を落とす。
「ヒロキくんも、なんか読んだら?」
 ぼくがそう言うと、彼は慌てて本を取りに行った。
 数分後。ぼくは変わらず本を読んでいた。ちなみに三冊目。
「飽きないねぇ」
 ヒロキくんは早々と飽きたのか、大あくびをしていた。そうしてるうちに三冊目を読み終えたぼくは、新たな本を探そうと本棚に向かった。
「何読もうかな」
 ぼくは、本棚に顔を近づけた。古ぼけた匂いがつんと鼻の奥をくすぐった。並んでいる本をつらつらと眺めた後、これだという本を見つけたぼくは手を伸ばす。
「あっ、これにしよう」
 その瞬間だった。ぼくの手が反対側から伸びてきたもう一つの手とぶつかった。
「あ……」
 見ると、ぼくと同じくらいの年頃のメガネをかけた女の子がいた。前髪の緑のヘアピンとそばかすが印象的な彼女は、ぼくの顔をじっと見ていた。気まずい沈黙が一瞬ぼくたちの間を横切った。
「あのお、先にどうぞ」
「いいえ、あなたこそ」
 慌てたぼくと彼女は、あわあわと譲り合った。
「ぼく、別の本を読むんで大丈夫です」
 ぼくは本を女の子の右手に握らせる。
「え、ええ……」
 女の子は、突然の出来事に困惑しているのか、顔を真っ赤にしていた。
 数分後。ぼくはまだ図書室にいた。
「なあ、まだか?」
 ヒロキくんはもう飽き飽きしてきたのか、あくびをひとつした。
「もう少しだから待ってて」
 ぼくが最後のページに目を落としたその時だった。
「あのお……」
 目をあげると、先程の女の子がもじもじとした様子で立っていた。
「は、はい……」
 ぼくは本を閉じて彼女の顔を見た。
「さっきはどうもありがとう」
 女の子はぺこりと頭を下げた。
「いえいえ」
 ぼくは右手を振った。
「お礼なんてとんでもないですよ……それにしても」
 ぼくは、にこっ。と笑った。
「あの本、好きなんですか?」
 女の子は、緊張しているのか、ほっそりとした体を震わせた。
「ええ……はい」
「ぼくも好きですよ、あの本」
「え?」
 女の子の顔色がパッと明るくなった。
「なんか、趣味が合いそうですね」
 ぼくは右手を差し出した。
「ぼく、高山ナオトです。この春からここに越してきました」
 女の子はぼくの手を握り返した。
「わたし、小野川アスミ。ここの六年よ」
「よろしく、アスミちゃん」
 ぼくとアスミちゃんが、ほほ笑みあっていると、後ろから低めのせき払いが聞こえた。
「えー、お二人さん」
 ヒロキくんは時計を指さした。そのタイミングで昼休みの終わりを告げるチャイムがなった。
「うわあ、そろそろ行かないと」
 ぼくは慌てて本を戻しに行った後、彼女にこう言った。
「後でたっぷり話しましょう」
「ええ、もちろん!」
 アスミちゃんは嬉しそうに言った。

(続く)

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