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テミスの瞳(2)

 通学かばんの中の教科書や筆記用具を机の中に入れていると、どこかからバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。
「みーどーりー!」
 全速力で机の間を駆け抜けてきたのは、毬栗坊主の小柄な少年だった。教室中の目が、彼に一斉に注がれる。
「おはよう、爽」
 爽と呼ばれた彼は、翠の机の上に両手を置いた。
 爽––朝日爽は翠の同級生で、幼稚園からの幼馴染だ。いわゆるご近所さんである彼は、小学校も一緒なら、中学校も一緒だった。明るくおしゃべりな爽は、クラスのムードメーカー的存在だった。
「翠、大ニュース!」爽は、まんまるなどんぐり眼をギラギラと輝かせながら言った。大ニュースと聞いた教室は、一気に静まり返る。
「えー、何?」
 翠がそう言うと、爽はよくぞ聞いてくれましたとばかりに鼻の穴を膨らませた。膨らんで大きくなった鼻の穴に、すうっと空気が入る。言う前に一呼吸を入れているのだろうか。そこまでするとは余程重要な発表なんだろうな。
 翠がそんなことを思っていると、爽がようやく口を開いた。
「うちのクラスに転校生が来るって!」
 静かになったクラスが、おおいにどよめく。そりゃそうだ。年々生徒数が少なくなりつつあるこの学校にとっては、転校生が来るだけでも一大事なのだ。
「へー」
 翠は、冷静を装ってずれかけたメガネを直した。
「さっき、職員室で先生が話しているの聞いたんだ」
 爽は、周りにも聞こえるくらいの音で鼻を鳴らした。そして夢見るような表情で、天を仰いだ。
「転校生、可愛い子だといいな」
 そう呟くと、爽の右耳のあたりで何かがキラリと光った。爽の右耳には、補聴器に似たデバイスがはめられている。別に耳が悪いとか、そんなわけではない。これは、人の脳波を測るデバイスで、爽だけではなく、翠を含む亀の井中の全校生徒が装着している。
 これは文科省が主導している”デジタル施作”の一貫で、生徒たちの脳波をはかり、ストレスを抱えているかどうか見たりするものだ。
 頭の中を見られているみたいでなんか嫌。
 脳波を測ると聞いた当初の翠は、正直そんな感想を抱いた。でも、これは自分たちの心が壊れないのを防ぐため、そして、先生と生徒をつなぐ臍の緒だと言われ、渋々だが、つけることになった。そうして今に至るわけだ。
 
(続く)

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