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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (9)

 数分後。ぼくは教室にいた。横に立っている若い女の先生が、黒板にぼくの名前を書く。
「今日からこのクラスで一緒に勉強する高山尚人くんです。みなさん、よろしくね」
「高山ナオトです。東京から来ました。仲良くしてください」
 東京という言葉を聞いた時、教室じゅうがどよめいた。やっぱりどこの地方でも、東京という言葉は一段と輝いて見えるのだろう。
「はーい、みんな静かに」
 先生が、そういさめると、みんなは静かになった。
「じゃあ、高山くんの席は……」
 先生は、教室全体をキョロキョロと見た。そして、その中の一点に目を留めた。
「田辺くんの隣ね」
 右から二列目の後ろから三番目の席。それがぼくの新しい席だ。
 ホームルームが終わった後の中休み。ぼくはビクビクしながら教室を見渡していた。
「何をそんなに恐れているんだ?」
 心配したのか、チャコがテレパシーを送ってきた。
「話す人を探しているんだよ」
 一体どの人に声をかけようかと迷っていると、どこかから声がした。
「おい」
「ぎゃっ!」
 振り向くと、隣の席で少し体格の良い短めの髪の男の子がニコニコと笑っていた。たぶん彼こそが先生が言っていた田辺くんなのだろう。
「おまえ、東京から来たんだってな」
 ぼくは、体をこわばらせる。もしかして因縁をつけられるかもしれないと思ったからだ。しかし、それに続いた言葉は、意外なものだった。
「イケてるじゃん」
「へ?」
 こわばっていた肩の力がへなへなと抜けた。
「そんなに緊張しなくていいよ」
 男の子は、笑いながら右手を出した。
「おれ、田辺ヒロキ!よろしく」
「ぼく、高山ナオト。こちらこそよろしく」
 ぼくはヒロキくんの手を握った。ゴツゴツとしてるけど、すべすべで暖かい手だった。
 昼休み。ぼくは転校初日にして、初めてドッジボールのお誘いを受けた。ぼくを誘ってくれたのは、先程声をかけてくれたヒロキくんで、彼は、五対五でドッジボールをするのに一人が足りないからと、ぼくを誘ってくれた。
「ほら、こっちだよ」
「後ろ!」
 青い空の下、ぼくたちは、ドッジボールを楽しんだ。まだ肌寒かったけど、そういうのが苦にならないほどに楽しかった。そんな中、どこかから楽しそうな笑い声が聞こえてきた。声のした方をチラリと見ると、ぼくと同い歳くらいの女の子たちが四、五人くらいやってきた。
「あ……」
 それを見たヒロキくんはボールを持ったままで動きを止めた。
「どうしたの?」 
 ぼくがそう言うと、仲間の一人である川森くん––天然パーマがおしゃれな子だ––がこう言った。
「何言っても無駄だよ」
「え?」
「あいつさ、ほれてんだよ」
 いきなりの内輪ネタだ。
「誰に?」
 ぼくがそう言うと、川森くんはぽつりとこう言った。
「三好マイカ」
「誰それ?」
 ぼくがそう言うと、彼はある一点を指差した。そこでは、一人の女の子が楽しそうに何か話している。
「あの子が、三好マイカちゃん?」
 マイカちゃんは、茶色がかった肩まで伸ばした髪を、一房だけお下げ髪にした可愛らしい女の子で、体つきはほっそりとしていて、か弱い感じはするものの、目尻はキリッとつりあがっており、そこら辺が全体の雰囲気を引き締めていた。東京だったら、すぐにモデルにスカウトされてそうな感じだ。
「あいつ、すげえメスゴリラだからあんまり怒らせんなよ」
 川森くんはくっくっと笑いながらそう言った。
「メスゴリラ?」
 ぼくがそう言うと、川森くんはさらに教えてくれた。
「おれたちとヒロキって、マイカと幼稚園の頃から一緒なんだけど、めちゃくちゃ気が強いんだ」
「へえ」
「でも、そこが一番いいんだよなあ」
 そう言ったのは、ヒロキくんだ。その目は美しいものを見るように蕩けている。
「隣のクラスに岩清水ってやつがいるんだけど、三年生の時に、あいつマイカのスカートをめくってコテンパンにやられたんだ」
「あんな細い子が……」
 ぼくだったら怖気付くところだ。
「だからさ、怒らせないように気をつけろよ」
 川森くんは、ぼくの肩をぽんとたたいた。

(続く)

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