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[小説] X-AIDER-クロスエイダー- (5)

 チャロがいるところには、少しも時間がかからなかった。50メートル先に来たところでチャロは、リードとつながっている首輪をかみちぎった。その反動で、おばさんは、チャロのいるところから二メートル先のところまで吹き飛ばされた。
「おばさん、大丈夫?」
 おばさんは、上半身を起こした。
「あらまあ、ありがとねえ」
 ぼくは、チャロを見る。チャロは道路の真ん中で、からだを震わせていた。
「ウ……ウゥゥ……」
 チャロは、どこか悲痛な叫びにも似た鳴き声をあげていた。
「チャロ?」
 飼い主の声に、チャロは何も答えなかった。チャロは頭を上に向けると、口をかっと開く。すると、背中に縦線のようなひびが入った。それがぱかっと開くと、まるで虫の脱皮のように何かが飛び出してきた。その末に現れたのは–巨大な生き物だった。例えるなら、オオカミのような、ライオンのような――そのような感じだ。怪物と化したチャロは、おばさんにゆっくりと近づいた。
 インベーダーは、プジュルルル、プジュルルルと汚らしい音を立てながら、近づく。おばさんは震えながら後退りする。その姿は、とても見ていられない。それなのに、体が動かなかった。
(やめて……)
 なぜだかわかる。怖いからだ。でも、見ているうちに、これでいいのか、という考えが頭の中をもたげてきた。
(やだよ……これ以上は悲しむ顔は見たくない)
 こうなったら道はひとつしかない。ぼくは強く手を握りしめる。
(勇気だ、勇気!)
 勇気が出る言葉で自分を奮い立たせたぼくは、インベーダーの前へ出た。
「少年!」
 ぼくは、おばさんとインベーダーの間に立った。
「やめろ……!近づくな」
 ぼくは両腕を水平に伸ばした。
「少年、君一人では無理だ!そいつはインベーダーにジャックされている」
「インベーダー?」
 ぼくは少し後退りをしながら言う。
「われわれが追っている悪いやつらのことだ」
 猫はさらに続けた。
「奴らは、降り立った星の生物にジャックしては凶暴にさせているんだ」
「大丈夫だよ」
 当たり前だ。ここまで来たからには引き下がるわけには行かない。インベーダーは、鋭い爪の生えた手で、ぼくの右頬をたたいた。頬から血が出る。アスファルトに赤い模様がつく。
「やめるもんか」
 それでも、ぼくは立ち上がった。
「これ以上、誰かが泣くのを見たくないんだ」
 その様子を、横で見ていた猫は、静かな声で言った。
「少年、君は素晴らしい心の持ち主のようだね。われわれの力を貸そう」
 そう言い終わらないうちに、目の前が眩しい光に包まれた。
 目を開けると、宇宙の星々を模した空間が広がっていた。
「何これ」
 ぼくが周りを見回していると、
「やつを確実に倒すには、我々が君と直接接続するしかない」
「つまり、それって……」
 ぼくは、生唾を飲み込んだ。
「やつらのように、われわれが君にとりつくんだ」
 ぼくは背中に寒気を感じた。下手すりゃ、チャロのように大暴れしかねないからだ。その気持ちを察したのか、猫がこう言った。
「大丈夫だ。君の意識は残るようにするから」
「よかった……」
 ぼくは安心してため息をついた。
「唯一のリスクは、解いた時の消耗がすごいことだ。それも覚悟しといてくれ」
「わかった」
 ぼくは、うなずいた。
「なら、これをやろう」
 猫が手を上げると、どこからか、光が現れた。光はぼくの右手首にくっつくと、腕時計のような形になった。
「これは……?」
「われわれと君をつなぐインターフェースだ」
 ぼくは、デバイスに手を触れる。
「よおし……」
 ぼくがそこまで言った時、猫がこう言った。
「待て、その前にまずやっておくことがある」
「え?」
「少年よ、君が一番強いものを思い浮かべてくれ」
「一番……強いもの」
 そう口に出した時、真っ先に思い浮かべたのは、小さかった頃に好きだったスーパーヒーローだった。身を翻して、人を助けるヒーローは小さい頃からの憧れだった。ぼくは、その姿を思い浮かべる。
「思い浮かべたら、こう叫んでくれ。接続、スタートと」
 ぼくは、再びデバイスに触れる。
「接続、スタート!」
 その瞬間、デバイスから光があふれ出した。
「うわああああっ!」
 光が飛び交う中、裸のぼくだけが浮かんでいた。
「何これ?」
 驚く間もなく、ぼくの目の前に、流れ星のようなスピードで猫がやってきた。気を取り直したぼくは、両手を広げる。
「来い!」
 そうすると、灰色の毛で覆われた体が、まるでスライムのように溶け、光の球とどろどろの体に分かれた。光の球は、ぼくの胸の中に入り込んだ。すると、心臓がドクン、ドクンとなり、体が大きくなり始め、胸の鼓動に合わせ、子供の身体から大人の姿に成長した。成長したところで、今度は灰色のどろどろが体にくっついてきた。どろどろは足や胸、首にくっつき、次第に黒い全身ボディースーツに変化した。その上に、残りのどろどろもくっつき、それらは銀色のアーマーやバイザーに変化した。ぼくはくるっと一回転すると、光は晴れた。

「……あれ?」
 気がつくと、ぼくは先程と同じ空間にいた。ちなみに、服は着ている。
「あれ、ぼく、変身したはずじゃ?」
 ぼくが首をかしげていると、上の方から聞き覚えのある声がした。
「安心してくれ。変身しているぞ」
 上を見ると、猫がいた。
「これは一体どういうことなの?」
「今の君は、いわゆる精神体ってやつだ」
「せ、精神体?」
「今は、君とわれわれで、一つの体を共有している状態なんだ。だから混乱しないよう、体と精神を分けているんだ」
「へえ」
 ぼくは正面を見た、そうすると、ぼやーっと景色が見えてきた。ゆらめくインベーダーの巨体。これが体の方が見ている景色なのだろう。そんなぼくを見た猫は、こう言った。
「試しに一発動いてみるか?」
「よし、まずは精神を集中して見てくれ」
 猫にそう言われるがまま、ぼくは、正面に意識を集中させる。すると、ぼやが晴れ、正面がはっきりしてきた。
「……あ」
 ぼくは自分の体を見た。その体を包むは首元から足を包む銀色のアーマー。顔には薄い青色のバイザー。まるでその姿は、幼い頃に夢見たヒーローそのものだった。
「どうなってるんだ、これ」
 ぼくは、体をさすりながら言った。
「君が先程思い浮かべたものを元に、体をナノレベルで再構成させてもらった」
 その声は明らかに誇らしげだった。
「へー、すごいな」
 これまでよりも強い力が、湧いてくるような気がした。
「よーし」
 ぼくは高く飛び上がる。
「これはさっきのお返しだ」
 ぼくはインベーダーの右頬に蹴りを入れた。インベーダーはグボオという音とともに倒れた。
 それを見ていたおばさんが言う。
「あなたは……」
「ぼくは……いいや、ぼくたちは」
 ぼくは、起き上がってきたインベーダーに改めて宣戦布告した。名乗る名はもちろん決まっている。
「クロスエイダーだ!」

(続く)

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