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担当書『生きもの毛事典』をPRしたい編集者の制作記 ②トビケラとガの違い事件

今回は、書籍『生きもの毛事典』を企画する動機ともなった、私の学生時代の「トビケラとガは毛と鱗粉で見分けるの!?」事件について書こうと思う。

虫をひたすら分けるアルバイト


大学院修士課程の学生だったとき、いろんな種類の虫を仲間ごとに分けていくアルバイトをやったことがある。具体的には、虫のアルコール漬けサンプルをどばっとシャーレに取り出し、ひたすら目視(と顕微鏡)でチョウ、ハエ、ハチ、トビケラ、カワゲラ、…といった具合にピンセットで小瓶に分けていくのである。

なかなかマニアックなアルバイトだが、これが私にとってはとても楽しい作業で、1日中やっていられる!と思ったくらいだった。

それまでの私は、実はあまり虫というものを知らずに育ち、というか苦手な方だったのだが、顕微鏡で初めて見る多種多様な姿に夢中になった。たとえば、ハチひとつとってもミツバチ以外に種類がたくさんいて、腰がありえないほどくびれていて脚がすごく長くてかっこいいとしか言いようがないハチや、全身がホログラムのようにキラキラと輝くハチ、なんとも形容しがたいハチなのかハエなのかよくわからないものも大量にいた。

ちなみに、みなさんはハチとハエの違いはお分かりだろうか? ざっくり言えば、まずハチとハエは目(もく)というレベルで分けられる。他の生物でいうとサルとネズミぐらいの違いだ。このハチ目とハエ目は、ハチ目が4枚の翅をもつこと、ハエ目は2枚の翅と平均棍というマラカスみたいな棒状のものがついている、ということで見分けられる(参考:https://buna.info/article/2931/)。今考えると恐ろしいことに、このあたりの虫の基本的な見分け方も知らずにいきなりアルバイトの作業を始めた。

よほどの虫好きでなければ、虫を見た際には見分け方など意識せず、姿全体から「ハチっぽいな」「ハエっぽいな」というなんとなくのイメージで見分けているだろう。

私も最初の頃はそのように虫たちを分けていたのだが、どうも目が慣れてくると怪しい種類がいくつも出てくる。その中でも特に難しかったのが、トビケラとガ(チョウ目)だ。

トビケラとガ(コバネガ)、似すぎ!


まず「トビケラってなに?オケラのなかま?」と思う方がいるかもしれないので解説すると、トビケラというのは土の中にいるオケラとはまったく違う種類で、幼虫は水の中(主に川や川の近くの水中)に棲んでおり、いもむしのような体で砂や植物を使って多様な巣を作る(※1)。

このトビケラ、成虫になると姿がある種のガ(コバネガ)にそっくりなのだ。トビケラもコバネガも、サンプルにいた種類は同じような大きさで三角の翅をもっており、顔もうーん、まあ、似ている。生きている姿や動きを見れば違うのかもしれないが、当時私が見ていたのは死んだあとの退色したアルコール漬けの死体だったので、何がなにやらわからず、最初は全部トビケラとして分けていた。

しかし、何かが違う…でもどこで見分ければいいのかわからない…。と悩んでいたある日、文献を調べていると、「トビケラの翅には毛が生えていて、コバネガ(チョウ)の翅は鱗粉であることで見分ける」という私にとっては衝撃の事実が書いてあった。※2

それもそのはず、そもそもトビケラは別名 毛翅目(もうしもく)とも呼ばれており、読んで字の如く毛の翅の虫なのだ。さらに、コバネガの仲間はもっとも祖先的なチョウと言われており、はるか昔にトビケラと同じ祖先から種類が分かれていったと考えられている。

そんなことも知らなかった私は、
「ええ!? こんなにそっくりなのに違うのは翅の毛か鱗粉か…?(※2) 確かに言われてみればチョウって翅に鱗粉がついてたし、生きているトビケラは毛がもさもさだ…。え?トビケラとチョウって祖先が同じ仲間だったの!?これが進化!? ガビーン!!」

と、何か今まで感じたことのない衝撃を受けたのだった。
つまり、それまでは「トビケラだね〜、チョウだね〜、ハチだね〜」というふうに虫たちがそれぞれ独立して存在している(かのように見える)ことになんの疑問も抱いていなかったのだが、急に、虫たちが同じ祖先から進化しており、それが連綿と今まで続いているということを目の前で感じたのだった。

上記の表現で伝わっているだろうか? もっとわかりやすくたとえると、小麦粉を知らない人がクッキーやホットケーキやパンやうどんやパスタって美味しいよな〜、何かが共通しているんだよな…と思っていたら、それは全部小麦粉を使っているからだ!と知ったような感覚だ(!?)。

この「トビケラとガは毛と鱗粉で見分けるの!?」事件以来、私は猛烈に昆虫の進化がおもしろくてたまらなくなった。今までなんの関係も見出していなかったそこらへんの虫たちが、どいつとどいつが親戚なのかを考えると、いやぁ〜おもしろいな〜世界っておもしろいな〜と思わざるを得なくなった。

ちなみに、鱗粉は毛が進化したものだと言われている。なにがどうやって毛が鱗粉になったのかきちんと説明できるほど調べられていないのだが、毛も鱗粉もそう在るものだから在るとしか考えていなかったのに、毛から進化したのー!? と衝撃を受けた。

というわけで、長くなりましたが『生きもの毛事典』の動機となった毛の話でした。

ちなみにこの毛と鱗粉の話は本に入れていない。マニアックすぎるかな…?とも思ったのもあるが、私の事情が関係していて…

次回につづく!

※1,2 もちろん例外もいます

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