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諍いがあった夜に

休日に外出して帰宅した夜のこと。
まだそんなに遅い時間ではなかったので、母が入浴する支度をしているところだった。
私が住む地域にはデパートがない。
小さい頃は地元の会社が経営する小さなデパートがあったのだが、私が社会人になる頃、倒産してなくなってしまったからだ。
それゆえか、デパートがあるところに行くと、ついつい地下の食品街でお土産を買いたくなってしまう。

今回も家にはお菓子があるというのに、
お土産にお菓子を買って来てしまった。
わたしが好きな、ちょっとお高い洋菓子。
母と二人で食べきれる小さいサイズのもの。
ここのお菓子は誰かにちょっとした贈り物をする時に、お取り寄せをしたりもするお気に入り。
前に一緒に食べた時に、母も
「美味しいわね、これ」
と言ってふたりで味わって食べたのだけれど。

母は覚えていなかった。
さらには
「これ、何」
と聞いてきたので、
「フィナンシェとマドレーヌの詰合せ」
と答えたのに、包装紙をはがすのに夢中で聞こえなかったようだ。
一通り、好きなようにしてもらおうと余計なことを言わずに黙っていたら、
それが彼女の癇に障ったらしい。
箱を開けたまでは良かったが、
「そうやってもったいぶって、私のことを馬鹿にして」
と言い始めた。
こうなってくると、もう手が付けられない。
さすが、私の母である。
身内だと思うと、こちらも遠慮がなくなる。
「ちゃんと説明したでしょ、聞こえなかったの?」
さらに付け加えたひと言がまたお気に召さなかったようだ。
「前にも食べたことあるし、その時、美味しいって言ってたでしょ」
顔色がなくなって、険のある目つきで私を睨み、
「そうやっていつも侮辱した言い方して!」
「前に食べたものなんていちいち覚えているわけないでしょ!」
と言い始めた。

ああ、また始まった・・・

最近、こういうことがめっきり増えた。
晩年の父と同じだ。
「自分のことを馬鹿にしている」
と、父が母や私に言うのを何度聞いたことか。
歳を取って来ると、自分がすっかり忘れてしまったこと、覚えていないことを指摘されると同じ反応をするのだな、と母と一緒に暮らすようになってから改めて発見した出来事だ。
てっきり、プライドの高かった父だけがそうだったのかと思っていたが、
母の様子を見ていると、
普段の生活においては何の支障もないけれど、
こういった些細な事でプライドを傷付けられるような出来事が起こった時、激昂するものなのかもしれない、と。

そう、頭のどこかではわかっていても、
つい、身内だとこちらも頭に血が上る。
つい、大きな声が出てしまう。
すると、
「そうやって自分を恫喝どうかつする」
と涙声で言い始めた。
「じゃあ、静かに言えばいいわけ?どうやっても納得しないでしょう」
と言ってみたけれど、そのままぷいっとお風呂の方へ行ってしまい、
寝るまで一言も口を聞かなかった。

私も血が上っていたし、私は悪くないと、どこかに思う所があって、
お風呂から上がって部屋に戻った後も心が落ち着かずに
明りを暗くした部屋に座ってぼんやりしていた。
それを察したかのようにくだんの優しい彼から連絡があって、
少し電話で話をした。
帰ってから起こった諍いについて、つい、非難めいた口調で話してしまう。
いつものように彼は穏やかに私の言い分を聞いてくれる。
私の話が落ち着いた頃、
「母親と娘っていうのは難しいものなのかもなあ」
とぽつりぽつりと話し出す。
「うちも、母親と姉様あねさまが良く言い争ってる」
「母親もよく亡くなったバアちゃんのことで文句言ってた」
彼はちょっと年寄り臭い話し方をするのだ。
「たぶん、娘は若くて元気だった頃の母親のままでいて欲しいから、
 歳を取ってきた姿を認めたくないものなんだよね」
とも。
そして、
「前にも食べたなあって思うより、いつも初めて食べるって思える方が
 毎回新鮮で羨ましくない?」
と笑った。
上手に話すわけでもなく、訥々とただ穏やかに話す彼につられて私も笑う。
意地っ張りで素直ではない私に
なぜか「だって」とか「でも」を言わせることなく
素直に「そうだね」「そうする」と言わせてしまう、
一種特殊な能力を持っているとしか思えない。

説教されるわけでも、一緒に憤慨してくれるわけでもない。
かちかちになっていた気持ちがほぐれるのを感じた。
明日は普段通りに「おはよう」を言おう。
普段通りに話をしよう。
元気で私の世話を焼いてくれる母に優しくしたい。
寂しいけれど、有限の時間の終わりが見え始めている今だからこそ。













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