さなぎでいれない私たち −−− 四月② −−−

 正直今、驚いている。

 今の彼は私の知っている尾張くん(今では勝手なイメージだが)と違って、椅子にもたれかかって笑顔で人の話を聞いている。それが男子同士だからなのか、賀屋くんだからなのかはわからない。けれどもそれはすごく新鮮な光景だった。

 尾張くんは基本的に、一人でいることが多い。これを見る限り、それは友達がいないとかそういうことじゃなくて、不必要に群れないだけなんだろうけど。

 私は一人でいる尾張くんを決して可哀そうだとか、惨めだとか思わないけれど、中にはそういう風に思う人もいる。けれどそれはこうやって笑う尾張くんを知らないからなんだと思う。

「どした、瀬戸内」

 賀屋くんが顔の前で手をぶんぶん振ってくる。私はその手首にチョップをかまし、「いや、尾張くんと賀屋くんって仲良かったんだな、って」と笑った。

 賀屋くんは「心外だな」と尾張くんの肩に手を回す。

「俺ら出席番号前後じゃん?おかげでマブダチよ、わかる?マブダチ」

「マブダチ……」

「そうそう」

 古臭い言い方だね、という言葉は飲み込み、それはこういう関係なのだろうか、と考える。私たちで言ったら「ずっ友」みたいな感じなのかもしれない。

「でも、休み時間とか全然話してないから……」

「ん?まぁ、常に一緒にいなくても友情は減るもんじゃないから。スマホみたいに充電器ついてないと減ってくなら別だけど」

 あぁ、そういうものなんだ。「マブダチ」って。

 賀屋くんの話を聞いていると、たまに無意識のうちに納得してしまうことがある。それが今までの自分の考えとは違っていてもそうだ。

 なら、私たちは賀屋くんの言葉で言う「スマホ」だ。一緒にいることが友情だと信じている。一緒にいなければそれが減っていってしまうとも思っている。そう考えると、二人の関係はとても羨ましいものに思えた。

 そう、たとえ尾張くんがいつも一人でも、それが惨めなわけがない。一人なことには理由がある。私たちが誰かといるよりも、もっと正当と言える理由が。

 尾張くんが、崇高でないはずがないのだ。

 私と尾張くんは共に学級委員だった。彼は推薦で、私はほかの全員が拒否したから仕方なく受けた形だった。

 その仕事をしている中でも、私たちの会話は最小限で、互いのことなんて全く知らなかったんじゃないかって思う。尾張くんは私について何か感じていることとか、噂に聞いていたことはあるかもしれないけれど、私のほうは全く知らなかった。彼が頭のいい人だと言うことは隣の席で説明を受けたときや、発表を聞いていればわかったけれど、(彼は先生からの即興の質問にも的確に答えられたし、何がどのページに書かれているのかを、教科書から資料集、問題集まで把握していた)私が持ち合わせている情報と言えば本当にそれだけで、すぐに何を話せばいいかわからなくなってしまう。もちろん尾張くんが私にする態度と賀屋くんがする態度は違うし、私だってあんな気楽には話せない。 
 
 下手なことを話してはいけない。彼の時間を無駄にしてはいけない、そう、無意識に思ってしまう。別に、彼は身構えたほど気難しいわけでも、不愛想なわけでもない。むしろ、私の目をまっすぐ見つめて話を聞く。けれど、そうされると逆に私は何も話せなくなってしまうのだ。

 尾張くんは賢い。私の口からこぼれる一語一語で、私の中をすべて見透かしてしまうんじゃないかと、恐ろしくさえ思うほどに。

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