さなぎでいれない私たち −−− 七月① −−−

 

 七月:向日葵祭


 市立向日高校文化祭は、その学校名と行われる時期から「向日葵祭」と呼ばれている。

 周囲に高校や公民館の少ないここでは、数少ない祭りごとの一つで、来場者が多く、その年齢層は広い。

 文化部はもちろん、運動部もクラスの出し物準備に大忙しで、一学期期末テストが終わると向日葵祭の準備で学校内は慌ただしくなってくる。

「じゃあ、模擬店の候補、出してください」

 私はそう、短くなったチョークを持ってクラスのみんなに向き直った。クラスは、夏休みの予定やらテストの結果やら文化祭に関係ないことで騒がしい。私は横で、文句ひとつ言わずに各グループに案を聞いている尾張くんを見てため息を吐くのを一度は堪えたが、結局それは情けない息となって漏れ出た。

 そもそも、こういった仕事は文化祭実行委員が行うものだ。けれど担任がそんなことは知らず「じゃあ、学級委員よろしく」と言ってしまったせいで、私たちがこの状況を仕切らなければいけない。実行委員は面倒ごとから逃れられてラッキー、と言わんばかりに何もしないし、だからと言って私たちが「学級委員の仕事じゃないです」と言えば、「だからって協力しなくていいわけじゃないし、慣れてる人が仕切るほうがいいと思うから、やって」と、結局は状況を何も変えられずに丸め込まれるのがオチである。

 仕方なく書いた黒板には、適当に出された

・お化け屋敷

・喫茶店

・たこ焼き屋

・カジノ

・アイス屋

・とりあえずなんか展示、などの案が並んでいる。

 けれども候補としては少ないうえに、最終的に男子の総意として、「別に、尾張くんがいいやつでいいよ」という意見が出て、女子までそれに便乗してしまった。

 けれども尾張くんは学級委員なだけで、そういった決定権を持っているわけではないし、彼はそういう状況での明言を避ける。彼は周りが自分のことを賢いと認識していることを知っている。そして、自分が下手なことを言えば責任を押し付けられ、かつ、その案に乗っかってこられて、自分の意見がそのままクラスの意向になってしまうことも知っている。

 彼は自分の影響力を知っているから、誰よりも言葉を選ぶ。

「こういうのは、みんなで考えるべきだと思う。準備は全員が参加するし、適当に決めるとみんなが損害を被ることになる。楽するなら、ここで主張をしっかりしたほうがいいよ」

 すると賀屋くんが「さすが尾張!」と囃し立てる。すると、「確かに」やら、「楽なのはやっぱり飲食じゃない?」という文化祭に関連する会話が増えてくる。

 この学校では、自分たちで作った食べ物を販売できるのは家庭科部のみで、基本はレトルトや冷凍食品を温めて販売することになる。また、売り切れると自由が利くため、楽なものとして認識されている。

「収益分戻ってくるしね」

 また、食品の販売とバザーのみ収益が得れるため、飲食店をすれば自費負担が少なくて済むというメリットもあった。

「じゃあ、たこ焼き屋にする?」

「アイスもあるよ、アイスのほうが楽じゃない?そのまま売るだけだし」その意見にみんなは賛成し、私たちのクラスの模擬店の第一希望は「アイス屋」になった。あとは、今仕事をさぼっている文化祭実行委員が上手く交渉して希望を通せるかにかかっている。

「じゃあ、あとはよろしくね」

 私はそう、教卓と、押し付けられた進行役からようやく降りたのだった。

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