さなぎでいれない私たち −−− 五月① −−−

 

 五月:球技大会


 『春の嵐を巻き起こせ、球技大会』。

 体育館にはそう、大きく今年のスローガンが書かれている。球技大会にこんなにも力を入れているのは、県内でもうちの高校くらいだろう。

 私としては、こんなテーマなんてなくてもいいんじゃないかと思うけれど、体育科の先生がこれだけは譲らないらしい。

 肌寒さもなくなり、本格的に春になり始めた五月上旬。体育館で校長の挨拶を聞く生徒たちの八割が寝落ちしている中で、尾張くんはピンと背筋を伸ばし、顔を下げることなくもう二〇分近くこの話を聞いている。

「一年生にとっては林間学校の前に絆を深める良い機会であり------」

 『三年生にとっては受験というチーム戦の前哨戦となるわけです。』 

 私は聞き飽きたその言葉を、先生にハモらせて小さく呟く。去年、一昨年と同じセリフ。定期テストまであと二週間ちょっとだというのに、こんな話を聞いて何になるんだろうとさえ思ってしまう。

 寝ている人や、こっそり単語帳をやってる人はある意味正解だ。それはとても褒められたことじゃあないけど、少なくともこの話を聞くよりはきっと身のためになる。

 尾張くんは愚直すぎる。それがなければ彼は彼ではなくなってしまうけれど、彼はその天才性に見合わず不器用すぎるのだ。

 結局話は三〇分かかってやっと終わり、トーナメントが発表された。

私たちのクラスはまず、三年一組と戦うことになる。みんながざわざわと話し始める。

「女子がバレーとハンドボールで男子がサッカーとバスケだって」

「一組ってバレー部いっぱいいたよね」

「うん、しかも部長の子がいるんだって」

 こんなふうに。

 私は「いきなり一組はやばいねー」なんて愛想笑いをしながら、尾張くんはサッカーとバスケのどちらを選ぶのだろう、と考えた。彼は陸上部のはずだからどちらにもあまりなじみのあるようには思えない。けれども、どちらを取っても彼は活躍してしまうんだろうな、と私は思う。そうして、そんな彼をまた誰かが「尾張だから」の一言で片づけてしまうのだ。


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