さなぎでいれない私たち −−− 八月② −−−

 東京の大学への進学を考えている私は、母親と一週間の東京旅行へ行った。地元の大学に進学しても、生かせる就職先がない。出稼ぎに出れば学歴的には見劣りするし、地元で就職するだけなら大学へ行く必要などない。

 だから、みんなが都内や他県に出ていく。

 初日にホテルに着くとその日はどこにも出かけず、二日目になると私たちはぎゅうぎゅう詰めの一〇両編成の電車に乗り、大学の下見をした。

 修学旅行の時にも思ったが、東京の路線図は複雑で、本数が多いのは嬉しいが数のわりに人口密度が高いのには参ってしまう。毎日こんな状況で進学すると思うと、軽く挫折しそうになる。

 ただ、母親はそれを気に入って「都会っぽいわ」と笑った。

 東京駅でなくとも、駅前には当たり前のように店がたくさんあった。それが逆に新鮮で、帰りには寄り道し放題だと少し心が躍った。俗に言う「駅前」から出ても、店の列は途切れることなく、高いビルにぎっしりと詰め込まれていた。

 それらは一つも廃れることなく、その街を構成するものの一つとして確かな役割を持っていた。うっすらと笑う、ショーウィンドウに飾られたマネキンすら、充実感に満ちているように見えた。

 大学は、街中にいきなり現れた。敷地(というよりグラウンドや中庭だが)が狭くて、いろんな建物が混在しぐちゃぐちゃしていた。おかげで案内図が手放せず、それでもわからなくて、母親が訛った喋り方で警備員に道を訊いた。

 おしゃれな服を着た、いかにも都会暮らしの学生の目が痛かった。大学の敷地内で迷子になりかけている私たちを、きっと田舎者だと思っていることだろう。

 彼らは迷う暇もないかのようにすたすたと敷地内を歩いていく。駅前にいた人もそう、地元と時間軸が違うかのように忙しそうで、とても充実して見えた。そして、それに酔っているようにも。

 携帯が鳴った。

 美裏くんからメールが来ていて(彼は未だにガラケーだった)、画質の悪い写真が添付されていた。それは、インターハイで尾張くんが走っている姿のようだった。撮影したのはなぜか賀屋くんらしく、美裏くんと賀屋くんの写真も送られてきた。

 私はいつから、尾張くんの周囲の人たちの活動報告を受ける係になったのだろうか。

『インハイ?おつかれ!(^^)!』

 そう送ると、『キヨ一位だったよ!』と返信が来る。美裏くんが何のために、どんな気持ちでこのメールを書いたのかはわからない。尾張くんという自慢の友人のすごさを伝えたいのか、それともついでに自分を褒めてほしいのか。彼に限って後者であることはないだろうけど。

『さすがだよね!明日からは学校練習?』

『明日は休み、明後日から』

『そっかそっか、今東京にいるから、部活復帰したら会うかもね』

『やけすぎて多分びっくりするよ、沖縄の日差しエグい。。。
 今東京か、いいなぁー、吹部も活動部多いから確かに会うかも。
 お土産、楽しみにしてます('ω')ノ』

『そっちこそ、お土産待ってます♪』

 彼は、尾張くんとも賀屋くんとも違う。かっこいいのを自負してカッコつける賀屋くん、カッコつけてないのにかっこいい尾張くん、どことなくカッコいいと思われることを嫌うように見える美裏くん。彼らはないものねだりばかりしているのかもしれない。でも、それを持つ者を羨みすぎずリスペクトできる。だから馬が合わないように見えて、マブダチだったりする。

 その関係が羨ましい。自分にないものを持ち合わせた相手を、劣等感なく見られるなんて。

 メールを閉じて、中学時代の友達のブログを徘徊する。今は東京で、声優を目指していると言っていた。彼女に会おうと思っていた。

 けれども、そんな気を起こすべきじゃなかったのだと思う。私が、劣等感なく尊敬できる相手は、尾張くんだけだと、確かに知っていたはずなのに。

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