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プロレス:『学生プロレス -プロレス研究会編-』

それ程広くない敷地の中に高層階の建物がひしめく。その中のとある建物の一室、そこが俺達サークルが練習場としている場所だった。

サークルとしては珍しく定期的な運動をメインにしているのが俺達の所属する『プロレス研究会』だ。大学への申請が通り、週に2回だけこの場所を借りている。その部屋のリノリウムの床に、古びた体操マットを縦に数本並べて敷く。その上に直角で交わるようにもう1層重ねて敷き、できた2枚重ねの正方形部分をリングのマットに見立て、2か所の対角コーナーには数段の跳び箱を設置し、コーナーポストに見立てた特設リングでプロレスの練習を行っていた。もちろんロープは無い。

練習内容は想像以上にしっかりしていた。
準備運動とストレッチから始まって、腕立て伏せ、腹筋、背筋、スクワットで体を温めて、ブリッジを3分間。学生プロレスといえど、首は徹底的に鍛える。その後、各種受け身を取る。
この受け身がなかなか曲者で、例えば柔道やレスリング経験者だと、その競技のクセがなかなか抜けなくてうまくプロレス用の受け身が取れない。
経験者であればあるほど、プロレスの受け身を身に付けるのに時間がかかっていた。
そして、この受け身を取るのには何よりもまず最初に勇気が必要だ。
体を宙に投げ出して、体全体で受け身を取る。
これを身に付けるまでは、まともな試合形式の練習すらできない。

受け身が終わると、次は、プロレスに於ける基本ムーブとも言える練習だ。
他の格闘技で言うならば、約束組手のようなモノか。プロレスラーであれば、試合で使う使わないに限らず、必ず誰であってもどんな選手であっても身に付けておかなければいけない基本ムーブだ。このムーブには様々なプロレスの要素が散りばめられている。
相手の技を受ける姿勢、相手の技を解除する方法やタイミング、動きの中で受け身を取る実践などなど。その他にもたくさんのプロレスの基本と言える要素が散りばめられている。
これを初めて自分がやった時の感動と言ったらなかなかに衝撃的だった。
一番は、自分が憧れに憧れたプロレスラーと同じ事をやっているという感動だ。
だけど、
気持ちは感動でいっぱいなのに、俺の体は酸欠でいっぱいいっぱいだった。
大学に入るまで、しばらく運動から遠ざかっていた俺にとっては、このサークルの基礎練習がなかなかどうしてキツかったのを覚えている。

周りの新入生を見てみると、半分は俺と同じく、運動とは縁遠そうな所謂“プロレスオタク”。だけど、もう半分は高校時代にスポーツをやっていた連中だった。ラガーマン、柔道家、ボクサー、空手家、その横には只のプロレスオタクが数名。そんなメンバー構成だ。
学生プロレスの練習の厳しさは高校で運動部に所属していたヤツラでも認めるところだった。

同級生にも格闘技経験者は多数いたが、先輩達を見渡すと、もちろん全員プロレスファンなんだけど、体のデカさも動きもどうやら素人では無さそうな人達ばっかりだった。後に、柔道、レスリング、極真空手、骨法、その他様々なスポーツ歴をもった人達が勢ぞろいしていた事が判明する。中にはとある競技のインターハイ経験者も何人かいたりした。いわゆる“やる側”の人達が多い。どうりで見た目から普通じゃなさそうな人ばっかりだったわけだ。

新入生が、いっぱしに受け身が取れるようになってきて、基本ムーブが板についてきた頃、毎年恒例の新入生デビュー戦が行われた。もちろん新入生たちは、先輩に比べたらまともな試合なんてできやしない。そうなると、今までで最多の入会者数である俺達1年生を全員試合に出して、尚且つ無駄な試合数を減らす為に、とりあえずタッグマッチを数試合組んでその中で新入生同士に試合をさせるというのが恒例だった。

試合は、プロのリングで行う。
このサークルでは、お客さんを入れて試合をする場合には、プロの団体からリングをレンタルして試合をしていた。もちろん、お客さんから入場料を貰うわけがないので、自分達でお金を出してリングを借りるのだ。自分達で、お金を出してリングを借りて、自分達でリングを設営して、無料でお客さんに試合を見てもらう。これが、俺達学生プロレスラーの晴れ舞台だ。当然、俺のような貧乏学生はバイトをしてリング代を稼ぐのだ。もっとも、そんなお金の心配は、ここから半年以上後の学園祭シーズン前になって気づくのでこの時はまだ知らない。何しろまだデビュー戦だ。このデビュー戦以降、来なくなる新入生が毎年何人かいるという話は既に先輩から聞いていた。この時の俺は、そんな話はまったくと言っていいほど聞き流していたと思う。

試合前にリングを組み立てるのも楽しかった。プロレスのリングを組み立てるのはこの日が人生で初、いや、リングに触るのもこの日が人生で初だった。というより、俺は、プロレスの試合を生で観た事が無かった。リングの上でプロレスをする人間を生で観るのは、この日が人生で初めてだった。

そして、もちろん、リングの上で受け身をとるのも人生で初めてだ。

試合前の練習で、リングの上で転がって前回り受け身。
「パン」
マットを叩く音が軽い。キャンバス地のマットはザラザラしているし、リングを叩いた感触は思ったよりもフワッとしてる。キャンバス地のマットの下には恐らくウレタン製の薄手のマットが敷いてある。これが柔らかい。

そのまま立ち上がって後ろ受け身。
「バン」
マットの表面は柔らかいけど、リングのマットの下には木の板が敷いてあり、それを支える土台は鉄骨だ。体重が乗るとそれらの重さがズシンと身体に響く。

もう一発、後ろ受け身。
「バン」
この全身を駆け巡る衝撃が気持ち良い。
いつもの練習場の感覚とは近いようで全く違う。

次は、ジャンプして前方回転受け身。
「ドバン」
これは効いた。

でも、最高に気持ちが良い。

ロープワークもやってみた。
普段の練習では、もちろんロープは存在しないのでずっと想像するしかなかった動きと感触だ。マットを走る自分の踏み込みがフワフワとして気持ち良い。まずは目の前のロープまで全力で走って、ロープに背中を預ける。固い。背中と脇に食い込むようだ。一回目はあまり反動がつかなかった。そのまま反対側のロープに走る。さっきよりスピードが乗っている。背中からロープへ飛び込む。さっきよりロープがたわむ。もちろん背中と脇にロープが喰い込み痛い。「ダン、ダン、ダン」スピードが乗ると足音が変わる。またロープに背中を預ける。背中にロープが当たって、かなり痛い。「ダンダンダン」さっきより、足音の間隔が短くなる。スピードが乗ってる証拠だ。「バン」背中がロープに当たった。さっきよりも痛い。「ダンダンダン、バン、ダンダンダン、バン」スピードが乗るとロープワークは楽しい。でも、ロープが当たる背中がとても痛い。後は、試合にとっておこう。

人生初、リングでの受け身。
人生初、リングでのロープワーク。
憧れの、リングでのプロレスムーブ。
まだ試合が始まってもいないのに、あまりの楽しさにワクワクして高揚感が止まらない。
「俺、リングでプロレスするぜ」
誰に向かって言ってるのか全くわからないけど、頭の中はこんなセリフでいっぱいだった。

そして開会。
いよいよ、デビュー戦のゴングが鳴った。

試合は、俺達のチームの負けだった事をハッキリ覚えている。
だけど、試合の内容はほぼ覚えていない。
他の人達や先輩の試合の内容も覚えていない。
あれから20年以上経ったから忘れてしまったわけではない。
あの試合の直後にも既に思い出せなかった。
というか試合中から試合の事を忘れていた。
別に、頭を強打したとかいうわけじゃない。
ただ単に、緊張して頭が真っ白になってしまっただけだ。

鮮明に思い出せるのは、自分達の試合後に会場の誰も来ない片隅で、タッグを組んでいた相方に向かって泣きじゃくり謝罪の言葉を述べている自分の姿だ。

あんなに一緒に練習してきたのに何一つ出せなかった合体技。あんなに一緒に練習してきたのに合わせられなかったコンビネーション。あんなに一緒に練習してきたのにうまくできなかったタッグワーク。
俺がちゃんとやっていれば。俺が真っ白にならなければ。俺のせいでショッパイ試合になってゴメン。俺のせいで皆のデビュー戦を台無しにしてゴメン。

ただひたすら、こんなような事を泣きながら言い続けていた記憶がある。

このサークルに入った時は、大好きなプロレスをやりたかった。大好きなプロレスラーのように闘いたかった。大好きなプロレスラーのように技を受けたかった。大好きなプロレスラーのように観客を沸かせたかった。ただただ、こんな事を考えていただけ。俺の中にはこんな事だけしか無かった。

でも、

デビュー戦に向けて練習をし始めてから、うまく試合をしたい。面白い試合をしたい。観客を沸かせたい。そんな事だけを考えていた気がする。「うまく」「面白く」「盛り上げる」「誰よりも」その後に続く言葉は、「俺が」だったのかもしれない。

そんな俺が直面した俺の実力。
俺は、リング上のプレッシャーに耐えられない男。俺は、人の注目を浴びるのが苦手な男。リングという、観客の目が一点に集中する場において、観客という俺達に何の思い入れもないただひたすらに“他人”という存在の人達の前で、「面白いか面白くないか」それだけの評価軸で評価される自分自身というものを思い知ったのが、恐らくこのデビュー戦だったんだと思う。

デビュー戦が終わった後も、俺はプロレス研究会に通い続けた。
いつも通り練習して、仲間や先輩と雑談してメシを食いに行って、誰かの家に飲みに行く。
そんな日々を繰り返した。

あのデビュー戦の後、あれだけの自己嫌悪に陥ったけど、今まで通り大学生活、というか学生プロレス生活を送っていた。今までの俺だったら間違いなく、あの試合の後に自己嫌悪と罪悪感に耐えられずプロレス研究会を辞めていたはずだ。おそらくフェードアウトして消えていったはずだ。過去、たくさんいたという新入生のように。

だけど、俺はこのサークルを辞めるという事を考えた事が一度も無かった。

このデビュー戦の後だけじゃなく、もっとずっとひどい試合をした時も。仲間とギクシャクした時も。大嫌いなヤツができた時も。サークル内で人間関係がうまくいかなかった時も。生まれて初めて恋人ができた時も。その恋人に振られた時も。単位が足りなくて進級が危うかった時も。バイトで嫌な事があった時も。お金が無くて飯が食えない時も。大怪我をした時も。過去の俺だったら、確実に「もう行かない」って思っていたであろう事に遭った時でも、このサークルを辞めるという選択肢を考えた事は無かった。

理由は単純だった。なぜなら「楽しい」から。心の底から「楽しい」から。他に何もいらないくらい「楽しい」から。ここに来ると、俺よりも圧倒的にプロレスに詳しくてプロレスが好きな人達がいる。ここに来ると、俺よりも圧倒的に運動神経がよくて面白いプロレスをする人達ばかり。ここに来ると、何よりも楽しいプロレスができる。日常には無い動き、日常には無い展開、日常には無いストーリー。そのどれもが俺にとっては、今生きている事を実感させてくれる、いや、何もかも頭の中から吹っ飛んで行ってただただ「楽しい」の一言だけで、その想いだけで頭の中が埋め尽くされる感じがする。そんな時間を味わう事ができる。そんな体験をする事ができる。

この部屋の中の古びた2枚重ねの体操マット。
この空間が、俺にとってはまさに夢の空間だ。
俺達『プロ研』以外の人間から見たら、ただの部屋に汚いマットが敷かれただけの空間だけど、俺達にとっては、ここは東京ドームであり日本武道館であり両国国技館であり後楽園ホールだ。何の変哲もない蛍光灯は、カラフルなスポットライトに変わり、周りの仲間のヤジや話声は超満員の観客の大歓声、この2枚重ねの体操マットはセルリアンブルーのリングで、コーナーの跳び箱の頂上はトップロープの最上段だった。

いつだって、ここに来れば、ここに立てば一瞬で変われる。
俺にとってはまさに夢の国だった。

高校生の頃からずっとやっている下を向いて歩く癖はまだ治らない。
いつだって一人でいる事が気楽なところも変わらない。
人前で何かをやるのも目立つのも苦手だ。
だけど、俺はプロレスがやりたい。

俺のせいで誰かが迷惑を被るのがイヤだから団体競技は中学の部活以来やっていない。
コミュニケーションが苦手で人見知りだから友達はほとんどいない。
人との距離の詰め方がわからないから飲み会の時にはどこにいたら良いのか分からないし居場所がない。
だけど、俺はこの『プロ研』が好きでプロレスが好きだ。

いつだって、俺よりプロレスに詳しい仲間や先輩がいる。
いつだって、俺の知らないプロレス話で盛り上がれる。
いつだって、俺と同じくらいかそれ以上にプロレスが好きな人達がいる。
いつだって、俺も誰でも一緒に存在できるプロレスファンがそこにいる。
いつだって、そこにいけばプロレスができる。
いつだって、ここにはプロレス愛があふれてる。

『プロレス研究会』
ここは、究極のプロレスファンの集い。

『プロレス研究会』
ここは、文化系最強サークル。

『プロレス研究会』
俺達は、プロレスファンだ。

あの日見た、『最狂 超プロレスファン列伝』を地で行くような、それすらも凌駕するような、まさにプロレスファンによるプロレスファンのためのサークルだ。

俺の大学生活はこのサークルと共に始まった。
いや、大学生活だけじゃない、俺の人生が、このサークルと共に始まって、そこからずっと今に続いている。というより、この大学生活があったからこそ、それより以前の俺の人生と、ここから以降の俺の人生が繋がっているような気がする。もちろん、時系列で言えば当たり前なんだろう。「なんだかおかしなこと言ってる」そんな気もするけど、俺の実感として、このサークル活動を経たからこそ、それまでの腐っていた自分も、下を向いて生きていた自分も、この後紆余曲折経て今これを書いている自分も肯定的に見ている事ができるのかもしれない。

カッコ悪いこともたくさんしたし、どうしようもない事もたくさんあったし、思い出したくないような恥ずかしい事もたくさんあったけど、俺の中ではギラギラに輝く最高の時代の一つとしてこんな風に思い出しておきたかったのかもしれない。

だから、

俺はプロレスが好きだ。
俺はプロレスファンだ。
プロレスは最高だ。

これからも、生きてる限りずっとこう言い続ける。

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