【詩】記憶の中のトラムは
記憶の中のトラムは
いつも同じ景色を走っていて
古ぼけたフィルムが融けていくように
少しずつ変化しています
風が吹くと
鉄塔の位置が変わります
その合間に 不規則に転がる
コンクリートのヒトデ
潮の香りがします
午後の鈍い光
顔をうしなった老人たちが
窓枠に顔をのせています
線路のきしみは虫の音に似て
ヒトデはトラムのまわりに
斑の影をつくります
僕らは目を閉じて
子どもの頃のにおいを嗅いでいます
首をつり革のようにゆらして
ステップを降りるヤジロベエたち
車掌は鐘をならします
やがて空洞を載せた車体が 大きく旋回し
虫籠のようなトンネルをくぐります
皆んなで蝶を追いかけた思い出
青い翅 斑の翅
鱗粉は空をかげらせて
車体の振動をつつんでいます
風鈴が鳴っています
(トンネルを抜けたところで
まっくらになりました
コンセントが抜けたみたいです
…咳払いが聞こえる
館長
早く再開してください
失礼しました オンします
…モーター音復活
少し 調子が悪いみたいですね)
やがて夜が明けてきます
潮の香りが強まり
時おり見える鉛色の海
そんな風景がくりかえします
子守唄みたいに 線路がきしみます
鉄塔がななめになり 影をつくります
トラムは古ぼけた記憶の中を走ります
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