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『電波に身を任せて』

 布団に寝転がったまま、白い天井を見つめている。
 ケータイを取り上げて画面に映った文字は、「0:45」。すっかり日付も変わったというのに、身にまとわりついた蒸し暑さは、一向に離れる気配がなかった。どうして部屋のエアコンはこんな時期に嫌がらせのように壊れてしまったのだろうか。俺はリモコンを差し向けてもうんともすんとも言わないエアコンをにらみつけた。
 そうしたところで眠れるわけでもないのは、しかしまた事実である。おまけに明日……日付が変わったので正確に言うと今日は、朝から出かける予定が入っている。何としても今、眠らなければならない。
 気付けば俺はケータイの画面を開いていた。無意識にそうしてしまうのが怖いところであるが、それはともかく、何かいいものはないかと画面をとりあえずスワイプする。SNSは……情報を追ううちに目が冴えるだろうからダメ。動画は……もっとダメだ。音楽はどうか、いや好きなアーティストの曲など聴いてしまうと自分の脳内でコンサートが始まってしまう。
 あれこれ見ているうちに、あるものが目に留まった。
 ラジオアプリ。
 いつ入れたかはもはや覚えがないが、一時期かなり聴いていた記憶はあった。勉強のBGMにしたこともあったし、通学中にも適当な局を選んでイヤホンをさしていた。それが、SNSで友人とやり取りをすることが増えたからか、仕事が忙しくなったからか。あれだけ自分のすぐそばにあったラジオは、いつの間にか生活の中からいなくなっていた。
 こうなると、毎日のようにラジオを聴いていた数年前のことが少しずつよみがえってくる。久々に聴きたくなってきた気がして、時間があの頃に巻き戻ったように適当な局に合わせて、再生ボタンを押した。

「――がお送りしております、ラジオ〇〇『ミュージックナイト』、今夜もリスナーの皆さんからのリクエストを聴いていただいております。どうも最近はね、夜になってもなかなか気温が下がらなくて随分困ったものだと、毎年の話ですけどね」
 パーソナリティの名前が聞き取れなかったが、どうやら音楽番組らしいことはわかった。ゆったりとした、かといって変に間延びし過ぎることもない絶妙なトーク、これは安眠にはピッタリだ。
 名前も知らない某パーソナリティの語りは、内容は毒にも薬にもならないものではあるが、時々ふふっと笑みのこぼれる瞬間があったり、思わず様子を想像してほんわかしたりすることもあった。そして何より、語りの底に流れるあたたかさが、心地よく感じられた。
 どうしてラジオからしばらく離れていたのだろう。どうしてこの番組にもっと早く出会わなかったのだろう。少しの後悔の念が浮かんだ。
 そんなことを考えているうちに、パーソナリティはお便りを読み始めたようだった。
「ラジオネーム『すずカステラ』さんからいただきました、ありがとうございます。
『私は学生時代、本当に好きで応援していたバンドがいました。CDが出たら帰りにCDショップに寄り、ライブが自分の行ける範囲であったら行くような、そんな生活をしていました。しかし社会人になり仕事が忙しくなって、他の趣味を見つけてそれに打ち込むようになってから、音楽を聴く機会が減り、そのバンドからもすっかり離れてしまっていました。
 つい先日、久しぶりに得た休みで特にすることもなかったので、ふと思い出して学生時代に聴いていた曲たちを聴き直していたのですが、私が離れていた間もあのバンドは活動を続けていて、新しい曲も発表されていたので聴いたところ、すっかりのめり込んでしまいました。どうして昔あれほど熱を上げていた音楽に長いこと触れていなかったのか、彼らの音楽を忘れてしまっていたのか。悔しい気持ちもあります。離れていた時間を今から少しでも取り返せたらと思い、学生時代一番聴いていた、この曲をリクエストさせていただきます。』
 ……たまにありますよね、何となく昔やっていたことを思い出していたら、熱意が再燃しちゃうってこと。しかもそこにブランクがあると、あぁなんであの期間にこんないいもの出てたのに離れてたんだろう、って思ってしまったりして。でも、すずカステラさんのようにもう一度巡り合えたというのは、幸運なことだし、きっとそのバンドにとっても幸運なことなんじゃないかな、と思います。常に新しい音楽を生み出し続けて、聴いてくれ! って投げかけている。その先にいるのは、ずっと応援しているファンだけじゃなくて、新しくファンになる人もいるし、すずカステラさんのように戻ってくる人だっているわけでね。いつ出会ったとしても、聴いてくれることそれ自体が一番うれしいんです。だからそんなに気負わないで、いつでも出会っていいですし、いつでも戻ってきていいと思います。僕も音楽活動やってるから言うけど、新しい音楽を作って待ってますから。もう一度届けたいな、届くといいな、って思っています。
 では、本日最後の一曲です。――」

 不思議なほど今の自分と似ている、「すずカステラ」というリスナーの思い。そこに、名も知らぬパーソナリティはその語り口調で、まっすぐに返事をしてくれた。俺は心の中に、じんとくるものを感じずにはいられなかった。
 パーソナリティの彼が電波に乗せたのは、十年ほど前にリリースされたゆったりとしたテンポのポップスで、それは彼のここまでの語りも相まって、俺を快い眠りに誘うには十分過ぎるものだった。

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