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シェアハウス

最初は本当に家の一部をシェアしてるだけで
新しい人を迎え入れるとかそういうのがないシェアハウスなのかなって感じるくらいにはサバサバした印象だった。

一番最初に仲良くなった子は出会ったその日から1週間後に島を出ると知った。
きっとこの子がいなくなったら私は当初の予定通り、これから控えてるワーホリのために、家事能力のリハビリと英語の勉強に勤しみながら、たまに島のコミュニティを探しに外に出る日々になるのだろうと思ってた。

でもそんなこと考えてたのはきっと最初の5日間くらいで、当初の想像してた島暮らしとは裏腹に人生初といっても過言ではない引きこもり生活が始まったのであった。

わたしが家族以外の誰かと長期間同じ家で過ごすようになったのは、高校生の時の米国でのホームステイが最初だった。
英語が本当に苦手で海外への憧れなんて皆無だった私は会話ができるはずもなく、もっと孤独を感じてもおかしくなかった。それでも私がホームシックに一度もなることなく過ごせたのは、辛抱強く構ってくれたホストファザーのおかげだろう。
そのホストファザーが教えてくれたのは、家とはあなたが安全と感じられる場所であるべき "Home is where you always feel safe" ということ。

留学の後も、オーストラリアで1回ホームステイ、3回シェアハウス、帰国後も色んな人と家を共有してもらって4カ所くらい巡ったかな。

そんな他人と暮らすには慣れっこで、色んなところに家を持つ私にとってこのシェアハウスは記念すべき10箇所目の家らしい。

ここでの3ヶ月は愛と笑いとにんにくのオーバードーズ。ある意味、住民への依存でひきこもってしまったとも言える。

そして学んだ。
ひきこもりはめちゃめちゃ忙しい。

家が大好きで引きこもってる一面もあるけど
家でやりたいことが多すぎるがために
外に出る時間が残されていないというのが私の認識である。

だって、普通に家事もするし、みんなとご飯食べてたら時間溶けるし、ピアノの練習したいし、おすすめされた本も読みたい、住人のこともっともっと知りたい、自分のことも知ってほしい…時間がいくらあっても足りない。
そんな毎日だった。

振り返ってみると、最初の4小節だけでも、右手と左手が別の動きをするなんてピアノ奏者は人間じゃないと思っていたこの私が、拙いながらも3分8秒のriver flows in youを丸々一曲、5-6分かけながら、でも一人で、弾けるようになるくらいのたくさんの時間をここの大好きな人たちと過ごしてきたんだな、と思うとグッときてしまう。というか、私の心は大号泣している。
嬉し泣きってやつだと思う。

のこされた時間は蝉の寿命程の7日間。
ある種にとっては一生にもなりうるこの7日間を、私はにんげんらしく未来に期待をして、生産性なんて気にしないでムダな時間もたくさん感情的になりながらも最後まで愛をもって過ごそうと思う。

ここに来たことには意味がある。
デンマークとの縁も強く感じる島だった。
色んな縁に恵まれた場所だった。
ここはちゃんと、"シェア"ハウスだった。


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