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【プロレス】とにかく、わかりづらい

最近のプロレス、とにかくわかりづらい。伏線がなく、危ない技を出せばいいんだろ?と言わんばかり。もっと闘いのストーリーがみたい。

伏線なしの試合

序盤、中盤における一点集中攻撃などの伏線がない試合のとにかく多いこと。昔の試合は終盤においてその伏線回収があり、「答え合わせ」があった。

一度は見るべき現代プロレスの教科書

九州プロレスにおいて関本大介vsTAJIRIの試合がYouTubeにアップされており、視聴した。この試合は現代プロレスの教科書にしてもいいほどよかった。

内容としては、関本選手が序盤から腰攻めを行い、この伏線を終盤において回収していく。TAJIRI選手は20kg以上ある体重差を克服するために、インサイドワークで対抗していく。

この試合を視聴したあとであの「伝説の試合」を比較すると、現役レスラーの多くは闘いのストーリーを軽視しているのでは?と感じた。

レスラーみんなが三沢vs小橋を目指さなくていい

2003.03.01は伝説の三沢光晴vs小橋建太が行われた。この試合はプロレスの到達点と感じるが、とにかく危険な技を出しあったいわゆる「消耗戦」なのである。

この試合がプロレスにおける到達点であるために、現役レスラーは危険な技の出し合いをしがちになっている。エプロンや場外で頭や首を狙った投げ技がその典型例である。

そして、カウント19でリング内に戻るのがパターン化されている。なお、この攻防も三沢vs小橋に存在している。

現代プロレスはこの消耗戦のようなプロレスばかりであるために、人間同士の感情のやりとりが見えづらくなっている。それがプロレスにおけるわかりづらさの原因と考える。

なぜ闘う必要性があるのか?なぜ集中的に攻撃するのか?必殺技を出す前の伏線はどうなのか?

高度な技の攻防では決してわからない、人間たらしめる感情が見えるプロレス。もっと「人間同士」のプロレスがみたい!







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