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学校が"居場所"じゃなくても。#8月31日の夜に

お題に参加させていただきます。

以下全て、体験談と個人的な持論です。

何を言ってるんだと呆れられるかもしれませんが、もし今どこかで辛い思いをしている誰かが読んでくれることがあったら、「こんな考え方の人もいるんだな」くらいにでも思ってもらえたら幸いです。

まず、私の考えの中での結論を先に言ってしまうと、
学校は無理をしてまで行く場所ではありません。


私は、小学校・中学校・高校と、すべて不登校になりました。

小学校に行かなくなったキッカケは、いじめを受けたこと。

その時は、親に「いじめられてるから行きたくない」とはなかなか言うことが出来ず、たくさん我慢して、先生にも相談して、それでもうまく行かずに心がボロボロになってから下した決断でした。

親はとても心配してくれましたが、担任の先生がなかなか厄介で、休んでる間も「どうして来ないんだ」「みんな待ってるのに」と毎日まくしたてられる日々でした。

ある時は無理矢理登校させられて、『私 対 クラスの女子全員(先生不在)』というおかしな状況で話し合いをさせられたこともあります。
いじめで十分傷ついた心をさらに抉られ続けたことは今でもトラウマです。

それでも、最後は周りの説得もあり、渋々ではありましたが卒業式には出席することができました。
みんなは卒業式らしく泣いていましたが、中学も小学校と一人も変わらず同じメンバーだということが分かっていたため、思い入れもなければ寧ろあと3年も続くことへの絶望しかなかった私は、適当にウソ泣きをしながらやり過ごす、そんな卒業式でした。


中学に上がり、1年生のクラスは小学校に行けなくなった時とメンバーがあまり被らなかったため、毎日通うことができて、それなりに楽しく過ごしました。

しかし2年生に上がると、クラスの半分以上が当時と同じメンバーになってしまったのです。

過去にいじめてきた人たちは、中学に上がったことで記憶がリセットされたかのように平然と話しかけてきましたが、相変わらず女子のグループ化は止まりませんでした。
「またいつ矛先が向いてくるか分からない」と思うと、嫌な思い出ばかりのメンバーと同じ空間にいることが苦痛で仕方がなくなってしまいました。

結局2年生の夏休みが明けた頃にふっとスイッチが切れて、しばらく学校を休んだ後、残りの1年半は特別学級で過ごしました。

そして中学2年も後半になると、あちこちで『受験』という言葉が飛び交うようになります。

休みがちで、みんなと同じペースで勉強していない私が行ける学校はかなり限られていました。
少ない選択肢の中から「お金がなんとかなれば面接で行ける」と言われていた私立高校を受け、生活こそ苦しくなりましたが無事に進学することが決まりました。


高校に入ると、いじめというものはもうほとんど意識しなくなりました。
クラスもみんないい人たちで、人間関係に不満はありませんでした。

しかし、私はまた、2年生の夏に学校に行かなくなりました。

それまでとは違って大きな不満やすごく辛い何かがあったわけではないものの、全生徒の3分の2が運動部の推薦で入学していて、いわゆる運動エリートが集まっていた中で、部活と無縁だった私は学校全体の体育会系な雰囲気が苦手だったのです。

ある時、「運動こそ出来なくても、この学校で何か出来ないだろうか」と考えて、自分が一番やりたかった演劇部を作ろうと考えたことがありました。

しかし、成績がさえない、他のクラスや他の学年に知り合いもいないような一生徒が「部活作りたいです!」なんて言ったところで、取り合ってすらもらえませんでした。

そう簡単に好きなことがやれるわけではないことは百も承知でしたが、「運動が出来ない人はとにかく勉強で成績を残して良い大学に入りなさい」という学校の方針に少しずつ違和感を感じるようになっていきました。

「この学校ではきっと何も見つからない」・・・そう思うようになった時にはもう既に、卒業するまで通い続ける未来が見えなくなっていました。


中途半端な時期に学校を辞め、しばらく休んだ後、その次の春に通信制の高校に転校しました。

通信制というと、夜間の登校やインターネットの勉強が主だというイメージをもつ人が多いかもしれませんが、私が通った学校には校舎があって、それぞれ好きな時間に通って(もちろん毎日行く人もいました)、部活が多彩で、沖縄や海外に行く課外授業(希望者のみ)もあったりして、生徒同士の交流が活発でした。

そこには、私のように全日制に通うことが難しくなってしまった人もいれば、自分のやりたいことを探すためにあえてこの学校を選んだ人もいます。

これまでのどの学校とも全く違い、生徒も先生もみんなが一人一人の個性を尊重し合う場所でした。

入学してすぐに念願だった演劇部に入り、卒業するまでの間には生徒会の役員も経験しました。

そこで過ごした時間は、"一般的"な高校生とはかけ離れていたかもしれませんが、私にとっては間違いなく青春と言えるものだったし、初めて母校と呼べる場所になりました。

なにより、学校=つまらないものだと思っていた自分が「最後までここに通いたい」と思えたことがとても嬉しかったです。


私は馬鹿正直で、自分が嫌だと思ったら続けられないし、やりたいと思ったことしかできない人間です。
行きたくないと思ったから行かなかったし、たまたま転入した先の学校では通いたいと思えたから最後まで通うことができました。

それが必ずしも良いことである、正しいことである・・・とは思いませんが、今までに「あの時無理してでも通い続けてたらよかった」と思ったことは一度もありません。

私が行きたいと思える場所に出会えたのは、自分にとって辛い場所から逃げ続けたからです。
もしも小学校・中学校に普通に通うことができていたら、面接で入った高校には行かなかったかもしれないし、行ったとしても、あの後我慢して通い続けていたら、多分笑って高校生活を終えることはできていませんでした。
毎日がドン底でしたが、今はそういう運命だったのではないかとすら思います。


しがない過去の話を長々と書いてしまいましたが、そんな私から言えることがあるとするなら、『まずは自分を信じて、自分に正直でいてあげてください』ということです。

私の場合は最終的にたまたま行きたいと思える学校に出会いましたが、タイトルにした通り、学生だからといって学校が居場所じゃなくたっていいと思います。

学校が嫌いだっていいんです。

辛くて苦しいなら、逃げていいんです。

逃げるは恥じゃないし、役に立ちます。

逃げて初めて分かることや出会えるものがきっとあります。

学校から一歩出ればいろんな人がいます。

いろんな楽しいこと・面白い場所があります。

学校が自分の居場所だと思えなくても、あなたの居場所は必ずどこかにあります。
あなたがあなたらしく居られる場所を、これから見つけてください。

たとえば私は今、会社にいる時よりも、大好きな音楽を聴いている時やカフェでおいしいものを食べている時の方がずっと心が安らぎます。

「ここにいると落ち着く」「これをしている時は自分らしくいられる」というものこそが、"居場所"なのではないかと思います。

だから、もし今いる場所に疲れたなら、一度立ち止まって休憩してみてください。

そして「よく頑張ったね」と自分を褒めてあげてください。

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