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千年桜の樹の下で

およそ20年前のある日、まだ夫婦になる前の夫が「来週、お花見に行こう」と言った。

めずらしいこともあるものだ、と思った。
街に出かけるだけで、手汗をかくほど人混みが苦手な人だ。
わざわざ人の多い場所に出かけようと自ら言い出すとは、どうしたことだろう。

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一緒に暮らし始めて8年目の春だった。
「なんで籍を入れないの」
という知り合いからの質問に答える煩わしさにも慣れ、
親や親しい友人たちは、その質問すらもう口にしなくなっていた。

私は33歳で、彼は31歳だった。
お互い「子どもが出来たら・・・」と何となく思いながら生活していたが、何年経っても私たちに子どもができる気配はなかった。

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京都かな?奈良かな?と思っていたら、岡山まで樹齢1000年と言われている醍醐桜を見に行く、と言う。

醍醐桜?
ネットで調べてみる
丘の上に立つ一本桜だ。

次の週、岡山県まで出かける。
ふもとの駐車場から醍醐桜の丘まで、長い長い道を歩いてゆく。
人が多くて、道はずっと混んでいて、ようやく近くまで辿り着いて見上げた桜はちょっと疲れてるように見えた。

大きな樹木に可憐な小さな花がちょろちょろと咲いていた。
桜を眺めていると、夫がポケットからゴソゴソ何やら取り出して私の手のひらにのせた。

軽くて小さい種子の殻のような・・・
いや、木彫の花だった。
それは桜の花(らしきもの)で、どう見ても素人の(彼の)手作りだった。

「指輪じゃないけど」と彼は言った。

こんな小さな木彫りの花をずっと握りしめて、いつ言おうか、なんて言おうか、って考えながら、こんな所までやってきたんだ、と思うとおかしかった。

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それから私たちは結婚をした。
入籍後すぐに本格的な不妊治療に取り組んだけれど、
結局子どもは出来なかった。

彼はごめんねと言った。
別れてもいいよ、と言った。
私は彼がそんな事を言うなんておかしいと思った。

私たちはこれからも大切な想いを握りしめて
一緒に長い長い道を歩いていくんじゃないの?

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それからもう17年。
また2人で醍醐桜に会いに行った。
天気がよくなかったので人が少なくて、桜ものびのびしてるように見えた。

丘に向かう道すがら、
あの時木彫りの桜くれたよね、
と話をすると、覚えてない、と夫が言う。

え?本当に??
あの時、結構感動したんだけど。

と言い返しながら
あれ?もらった木彫りの桜、どこ行ったっけ?
と思う。

いつの間にかどこかになくしてしまっているわたし。
まあ、似たようなものか。
そんな今年のお花見。


#創作大賞2024 #エッセイ部門

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