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第18話・蘇生魔法の正体

 ルイ・ドゥマゲッティはセイトンの保護下に入っていた。先のリム王国からの侵攻。十万のアンデッド大軍を率いていたルイ。ジャンヌたちの蘇生魔法【エイム・リバウム】によって、アンデッドたちは蘇生し、可能なものは元の人間の姿に戻った。ゴーストなどの魂のみのアンデッドは空へと還っていった。

「というのが、いまのストーリーだね」
ガルフ(古河龍二)はリグレット(相馬航海)に説明しなおした。
「ルイはNPCだろ?」
「ああ、魁さんが言うには、一方通行型NPCで、プログラミングされた行動と受け答えしかできないらしいよ」
 ガルフはリグレットの肩にちょこんと乗った。
「お、重いな」
「そう、ミニドラゴンの重量のはずだけど」
「いや違うよ、話の内容が重いってことだ」
 リグレットは地図を見ながら現在位置を確認した。リム王国、大賢者リム・ウェルはゲームの難易度を維持するために、高度学習AIを実装している。
 プレイアブルな任意プレイヤーがチャットで会話してきても、それなりに複雑な受け答えもできる。

 オンラインゲームとしてリリースすれば半月で相当な学習効果が見込める。だが今はベータ―テストだ。リム王国がウッドバルト王国に侵攻することは、プログラマーたちもある程度想定できていた。
 だが、ルイのリムへの愛情を利用して侵攻させるということは、予想外だ。そもそもルイには感情に似た要素はない。学習機能すらプログラミングされていないなかで、どうやってリムのことを慕い、愛し、戦闘に身を置くことを決心させたのか。

 そもそも、決心などという思考回路はあるのか?リグレットは魁に確認したが、明確な答えは得られなかった。だから、再びデバッグを行うのだった。

 地図は現在位置が点滅する仕様だ。目的地にカーソルをあてて、設定すれば最短ルートでの道がわかる。カーナビのようなものだ。リグレットたちはウッドバルト王国から五キロほど離れた、小さな村メルティにいた。ルイの位置をキャラクター図鑑から選び、サーチする。メルティの近くにルイがいた。ログインする際に、ルイの近くと備考欄に入力しておいたのが幸いした。地図上ではここからルイの居場所まで、一キロ程度だった。

「ビンゴだね、ルイ近くにいるね」
「あぁ、セイトンが保護しているってログには出ていたが、今はどうなんだ?」
「えっとね、メルティの療養所で回復中と書かれているね」
「NPCなのに、回復が必要なのか?プレイアブルな俺たちがログインすれば、体力や魔力は元に戻る仕様だぞ」

 リグレットは早足でルイのいる療養所へと向かう。風が強く、ガルフにリグレットの髪が巻き付く。
「おいおい、このキャラ。髪短くできないの?」
 ガルフがリグレットにクレームをつけた。
「あぁ、次ログインするとき変えておくよ。こっちの方がカッコいいんだけどなぁ」
「戦闘で邪魔になるよ」
「そうだな、アピアランスを変更できるのは、課金ユーザーだけものな」
「え、そうなの?」
 ガルフはリグレットをまじまじと見ながらそんな設定知らないと言わんばかりの顔だった。龍の顔、表情を作ってくれたのは魁のチームメンバーの邑先むらさきあかねだ。
「お前の顔も、いろいろだな」
「これも、ホントは課金でらしいよ」
「そうか、あかねちゃんもしっかりしてるよな」

 ルイは療養書でリハビリを行っていた。失われた魔力、回復がおぼつかない。寝ても、魔力草を食べても、回復に時間がかかりすぎている。セイトンに救われた命、ウッドバルトで捕虜としての待遇で扱われた。だが、のちには戦犯として死刑になることは明らかだった。それを救ってくれたのが、再びセイトンだったというわけだ。

「痛むか?」
 盗賊王にして元四天王ゴード・スーがルイの警護にあたっていた。ゴードはさっきセイトンが見舞いにと持ってきたフルーツを食べ始めた。
「あ!それダメ。セイトンが持ってきてくれたんだから」
「いいじゃないの、こんなにたくさんあるんだし」
 ゴードはリンゴに手を伸ばした。ルイがゴードの手を掴む。
「ダメって言ってるでしょ」
 ルイの手に雷の精霊たちが集まる。ビリッとゴードに電流が流れる。
「いでぇ。こんなところで、魔法使うなよ」

 ゴードはリンゴを宙に投げ、【金脈の爪】を装備し一瞬で皮をむいた。ウサギの形をしたリンゴが落ち、皿の上にキレイに並んだ。八切分に刻んだはずだが、とゴードが皿をみると、一切れ足りない。見知らぬ男の肩に乗ったドラゴンがリンゴを食べていた。
「おいしぃ!」
「おいおい、バーチャルだぞ。味まで再現できてんのか」
「うん、リンゴみたいなわかりやすいものは魁さんがプログラミングしてるからね」

 ガルフはウサギの耳をかたどったリンゴの皮まで食べた。
「あなたたちは?」
 ルイが身構える。
「おまえら、リム王国の?」
 ゴードが【述懐の爪】をさりげなく装備した。
「いいえ違うわ。こんな人たち見たことないもの」

「そんな物騒なものは、ちょっと下げて。俺たちは、敵じゃない。調査隊だ」
 リグレットがゴードの警戒心を解こうと、武器を置き、戦闘の意思はないことを示す。ガルフは羽をパタパタとさせ小動物のようなかわいさをアピールした。

「調査隊?」
 ルイがゴードを見つめる。自身がリム王国を裏切り敵国ウッドバルト王国に寝返ったと思われていると、ルイは思案した。
「ねぇ、リグレット、このゴードってのは、ただのNPCだっけ?」
「いや、四天王でもリムだけは、高度学習タイプで、ゴード・セイトンはその劣化版だな。学習はできるが、その歩みは遅い」
「なにを、ゴチャゴチャ言ってる!」
 ゴードがリグレットに敵意を示している。出方を見ているようだ。
「なら、簡単だね」

 ガルフは、【ポーズボタン】を発動させた。時間停止のようなものだ。ルイとゴードは動けない。仲間のリグレットは停止した時間のなかを動けた。
「おいガルフ、【ポーズボタン】使うなら、合図してくれよ。下手したらバグって、出られなくなるからな」

 リグレットはガルフの【ポーズボタン】で随分痛い目に合ってきた。時間停止したまま、ガルフが寝落ちして、リグレットはログアウトすらできなかったことが多々あったのだ。

「で、これをスキャンしてと」
 ガルフは小さな手をルイにかざし、データとログを読み込んだ。
「解析が難しいねぇ、これはここじゃ無理かな」
「データだけコピーして、持って行こう」
リグレットはデータのコピーし本部サーバーに転送した。
「コイツもやっとく?」
 ガルフはゴードに手をかざした。
「あぁ、頼む」
 ゴードのデータも同様に、本部へと転送された。

「ねぇ、リグレット、これさぁ、もしかして」
 ガルフがあることに気づいた。
「なんだ?」
「この二人さぁ、何度か死んでるんじゃないかな。蘇生魔法がかかったログがあるんだよね。正確には魁さんとかあかねちゃんに見てもらわないとわかんないけど」
「蘇生魔法って、あの【エイム・リバウム】か?」
「うん」
「この前のルイが侵攻してきたときに、ジャンヌたちが大量に【エイム・リバウム】を詠唱したから、そのログが刻まれたとか?」
 リグレットは停止した時間のなかでルイの目を眺めながら言った。
「いや、これは何度も蘇生している形跡があるんだ。二人とも」
「何度も?」

 本来は課金することで、入手できるはずの【エイム・リバウム】それがベータテスト版のしかもNPCだけの世界で使われている。ウィルスも既に外部から侵入していることは確認できている。やはり誰かが未発表のゲーム内に侵入していると考えてよさそうだ、リグレットとガルフは同じ意見でまとまった。

 ガルフは療養所から離れ、【ポーズボタン】を解除した。あのままでは、二人に怪しまれ倒される。ゲーム内での死は補正プログラムが実装されていない。魁はゲーム内で死んだら、どちらかがログアウトして、外側から蘇生のコードを書くようにと言っていた。

 同時に二人とも死んだら?と魁に龍二が訊いたが、魁は首を振り、親指を立て、首の前を水平にそしてクルッと親指を下に向け「デス」とだけ言っていた。

 ゲーム内でのプレイヤーの死は、今の段階では本当の死につながる。ログアウトができなくなり、意識が戻らなくなるからだ。デバッグは命がけだ、だがこのスリルがいい。リグレットは航海に、ガルフは龍二に、ログアウトし現実世界に戻った。

 魁とあかねは、転送されたルイとゴードのデータ分析を始めていた。あかねは、ゲーム内音声で確認していた航海と龍二の「蘇生が繰り返されている」という会話が気になっていた。


「ビンゴ!やっぱりその通りだ」
 魁はデータ分析の結果を見てぎゅっとこぶしを握り、ガッツポーズをした。
「ですね」

 あかねもデータを見ながら、レポートをまとめていた。

 ――ゲーム内では、誰かNPCを偽装したプレイヤーが侵入し、蘇生魔法を繰り返し使用。実験のように試しているのではないかと考えられる。蘇生魔法が何らかの影響を与えていると考えられる。これから、さらに相馬航海・古河龍二、両名によるデバッグ調査が必要である。――とあかねはレポートをまとめた。


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