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第6話・盗賊王ゴード・スーがまかり通る

 

 玉座に立ち、赤じゅうたんの奥を見つめる。小走りで急ぐ男がやってくる。オーギュスター公国国王バルス・テイトは、ニヤリとほほ笑んだ。これから起こることを予想して悪だくみを考えているのか。

「バルスさま!バルスさま!」
 慌ただしく声をあげる男、ドワーフのガグロフだ。王国一の力自慢にして、バルスが唯一心を開く親友でもあった。ガグロフは息を切らして、バルスのもとへと参じた。

「なんだ?ガグロフ、公国くじでも当たったのか?」
バルスは相変わらずの軽口だ。玉座を踏みしめた足を床におろした。立って百六十センチと決して大きくはない男、バルス・テイト。

 先の大戦では勇者として旅団を率い、大賢者リム・ウェル、恋人であり武闘家セイトン・アシュフォード、盗賊王ゴード・スーたちとハーメルを倒した。

 大戦時にバルスたちの拠点となったのがオーギュスター公国だった。

 二代目オーギュスター公国の王はバルスを気に入り、娘との婚姻を求め三代目の王の座を譲らせてほしいと懇願した。王子に恵まれなかった二代目は、どうしても婿が欲しかった。

 バルスは二代目オーギュスター国王から勇者の位を与えられていた恩義にも応える必要があった。勇者の位は、あらゆる場面で優遇される。旅団を率いての宿探しは苦労する、宿代の免除、装備品の無償提供、旅団団員の給金、あらゆる点で優遇されてきた。

 バルスは恋人セイトンを捨て、オーギュスター公国に婿入りし三代目国王の座に就く決心をしたのが二年前。セイトンは何も言わずウッドバルト王国に仕え、リム・ウェルはバルスへの嫉妬心と権力への執着心に溺れ、リム王国を建国した。リム・ウェルの嫉妬心は同じ女性としてセイトンへ向けられていたこともあったが、バルスがセイトンを捨てたことでその矛先はバルスへと向かって行った。リム・ウェルは、バルス率いるオーギュスタ―公国を倒すためにもウッドバルト王国を取り込む必要があった。

 ガグロフがバルスに手紙を差し出した。

「バルスさま、違います。ゴード・スーさまがウッドバルト王国に向かっているとの一報が入りました」
「ゴードが!懐かしいな。アイツ、なんだウチを通り抜けて、ウッドバルトに行くってのか?」
ウッドバルト王国の北に位置するオーギュスター公国、南の海側からならどこの国も渡らずにウッドバルト王国に入国できるが、盗賊王ゴード・スーはわざわざオーギュスター公国を通り抜けようとしていたのだった。

「いかがいたします?」
「忍者部隊がいただろう、尾行させろ」
「で、いかがいたします?」
「もちろん、殺しちゃだめだよ。ってか、忍者如きじゃゴードに返り討ちにあうのが関の山だな」

 バルスはガグロフの耳元で囁いた。相変わらず表情の奥にある真意が読めない男だと、ガグロフは思った。親友と言われながらも、バルス・テイトは元勇者。戦士としての格の違いは理解している。こうして並んで話をしているだけで、バルスから殺気が漂っているのをガグロフは感じていた。

 険しい山道を一人で悠然と歩く男がいた。恰幅がよく、牙の装飾が施された鎧・腕当て・脛当てを装備している。先の大戦で手に入れた宗雨装備だった。

 盗賊王ゴード・スー、バルスと同い年だが幾分か老けて見られていた。宿屋では必ずバルスよりも年上だと言われることを気にしていた。
いち盗賊だったゴードは、たまたま発見したある指輪の力により、その能力を開花させた。

 ゴードがウッドバルト王国を目指すのは、盟友セイトンに会うためではない。指輪の噂を聞きつけたからだ。
 確かに封印したはずの【エクスペリエンスの指輪】が再び誰かのもとにあるのならば、その所有者を倒さなければならない、ゴードの決意は固かった。

 山道を下り、オーギュスター公国に差し掛かろうとしたとき、ゴードは何者かに囲まれている殺気に気づいた。

 ゴードの背後には忍者たち五名が一組となり、二組が男を尾行していた。中クラスの忍者たちは密偵を中心とした部隊だ。時には暗殺も請け負う。だが、今回は上クラスの忍者隊長は帯同していない。あくまでも偵察だった。

「いい加減、隠れるのやめてでてきなさいな」

 ゴードが爪を研ぐ。両手のナックルに爪をはめ込む。右が【述懐の爪】左が【金脈の爪】だ。どちらも秘匿武器と言われている。

 忍者隊が息を殺す。下手をするとゴードとの戦闘は避けられない。後方から尾行している部隊は、さっと森の中に散った。前方から後退しながら尾行していた部隊も、そのまま撤退を試みた。忍者の誰かが、枯れ木を踏んだ。パキッと静けさのなかに、甲高い乾いた音が響く。

 ゴードが音のする方向に突っ込む!両手の爪が空気を切り裂く。その切り裂くスピードは肉眼で捉えることは不可能だ。勝負は一瞬でついた。ゴードの振りぬいた両腕が地面と平行になる。空気と空気の断面が現れそこには真空の渦が舞っていた。

「ぎゃぁぁあ」
 人外の叫び声だった。

「魔狼か、こんな人里にまで下りてきているとは」
 ゴートの両手の爪が魔狼三体を一瞬で粉々にした。【述懐の爪】の効果で
魔狼たちは思考することができなかった。思考停止、それは理性のない魔物であっても人間と同じ効果がある。思考に淀みが涌き、自我を見失い、あらゆる考えが停止する。それは一秒にも満たない時間だ。【述懐の爪】が空気と空気の振動を作り、真空状態を創り上げる。真空の渦が体内に入り込み、酸素供給が遮られ思考が停止する仕組みだ。

 思考停止した魔狼は左手の【金脈の爪】で弱点に致命の一撃を与える。切り裂くのはその次の攻撃だった。両手の爪で敵を無力化し、物理的に切り刻むのだ。

 ゴートは戦闘結果に満足していた。かつての大戦時より、太ってしまったせいで動きが緩慢化と思っていたが、予想以上に動けている。しかも、尾行してきた忍者たち二組・十名の装束を切り刻んでいた。

「おーい、中忍者たちよぉ。テイトに伝えておけよぉ。俺がウッドバルト王国に行く目的を知りたいんだろぉ。ジャンヌっていう小僧が持っている【エクスペリエンスの指輪】の封印に行くだけだ!」

 ゴートが大声で叫ぶと、中クラス忍者たちはバラバラになった装束をかき集めて、一目散に退散した。アリの巣に水が流れ込んだときのように、団体が個になり自分の命を最優先しているような状況だった。

 ゴートはかっかっか、と高笑いしながら、逃げる忍者をグイッと捕まえて言った。
「あと、テイトに言っとけ。セイトンにプロポーズするつもりだってこともな」

 ゴートはオーギュスター公国に向かう街道に出て、そのまま裏手の湖を迂回することなく【浮揚の力重】を唱えて、水の上を歩いて行った。ゴートは日が暮れる前にはウッドバルト王国国境に着いた。

第7話


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