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第10話・赦すジャンヌに見た、王の資質


 ファル・モンフェス、ジャンヌと同級生。ウッドバルト王国魔法学院に入学できたのは衛兵として働く父と魔法学院の食堂で働く母、二人の働き者のおかげだ。

 ファルは感謝の気持ちの表し方を知らない。家に帰れば両親はいない、年子の妹と三つ離れた弟の世話をするのはファルの役目だ。
愛情に飢えていたと言えばそれまでだが、ファルの歪んだ愛情の矛先ほこさきは、恵まれたジャンヌに向かって行った。
 ウッドバルト王国十二聖騎士団副団長ラルフォンの息子、それだけで魔法学院では一目置かれる。
 父や母の職業で自分は見下され、一方ジャンヌは羨望のまなざしで誰からもていねいに見つめられる。
 一体俺とアイツにはどれほどの違いがあるのか、それがファルのジャンヌを苛めいじ抜く原動力だった。

「おい、ジャンヌ、俺の前をあるくんじゃねぇよ」
 魔法学院に入学して半月経った時のことだった。ファルはジャンヌを握りこぶしで思い切り殴り飛ばした。
 周囲の友達は制止することができず、ジャンヌはただ殴られっぱなしだった。
「やめてよ、やめてファル」
 そういうのが精いっぱいのジャンヌ。唯一仲裁に入ってくれたのが親友のロキだった。ロキもジャンヌに負けず劣らず弱い。

 ジャンヌの目に親指を向けて、えぐり取ろうとするファル。とっさに顔を地面に向けてうつぶせになるジャンヌ。ファルの憎しみは深かった。

 ファルのイジメは陰湿でもあった。クラスの仲間を引き連れて、ジャンヌの魔法杖を折った。財布に入れておいた小遣いも盗まれたし、教科書の類もボロボロにされた。
 ジャンヌのイジメられっぷりをよく知っていたのは祖父アルガンだった。元盗賊王である。ただ、自身が元盗賊王であることはジャンヌには隠し通していた。これ以上ジャンヌを好奇の目にさらされないようにと思ってのことだった。

「ジャンヌ、強くなれ!男だからなんかじゃない。生きるためには、強くならねばならん」
 筋骨隆々のアルガンが言うだけあって説得力はあった。
「どうして、ファルは僕を目の敵にするだろう」
 ジャンヌの目にはうっすら涙が浮かぶ。
「それは、ファルに無いものをジャンヌ、お前がもっているからじゃよ」

 アルガンはジャンヌの両肩をつかんだ。
「いててて、じいちゃん痛いよ」
「すまんすまん」
「僕、何をもってるの?」
「やさしさ、だな」
「やさしさ?」
 アルガンはジャンヌにあめを渡した。
「この飴、ひとつしかない。ジャンヌとファル、二人は遭難した。黙って自分の口に入れることだってできる。でもなジャンヌ、お前は」
 アルガンが続きを言いかけた時、ジャンヌが力強く返事した。
「それは、二人で分けるよ」
「ファルでもか?」
「うん、ファルでも」
 ジャンヌの目の奥は凛々しく輝いている。
「じゃぁ、もしファルがその飴を奪ったらどうする?」
 アルガンはジャンヌに厳しい問いを投げかけた。答えられないだろう、これは十二聖騎士団の面接にも使われる精神許容度を図る問題のひとつだ。

「それは…」
「それは?」
 アルガンがせっつく。この問いの答え次第でジャンヌの器が計り知れる。
「ファルをゆるすよ」
 ジャンヌは十二聖騎士団にはなれないだろう、アルガンはこの時はっきりとわかった。父・ラルフォンのように非情にはなれない。だが、一国の王の素質はある。世界を統べるものとは、世界中を赦すことから始まる。

 今のウッドバルト王国・サグ・ヴェーヌ共和国、リム王国、オーギュスター公国、四つ巴のこの争いは、赦す王が不在だからだ。世界は広い、この四国の外にはまだまだ広い世界が待っている、だからこそ赦し、与えることを信条に持つ王が必要なのだ。
 種族・主義・主張・恨み・憎しみの巨大な壁を壊すのは、ジャンヌのような存在だ。彼に【エクスペリエンスの指輪】を継承させよう、アルガンはこの時に強く決心した。

 五十万のアンデッド部隊は十二聖騎士団の活躍により、三十万にまで減っていた。だが、大軍勢だった。その中にはアンデッド部隊の行軍中に魂が取り込まれ、アンデッド化した住民たちも多くいた。

「ジャンヌ!詠唱は始めてるのか?」
 ゴード・スーが五メートル離れた高台から叫んだ。背は低いが身体はデカい。声が通る。
「いいえ、まだ合図の火柱が上がっていません」

 五名の十二聖騎士団は戦闘から外れ、五芒ごぼうの配置で二重結界を貼っていた。ウッドバルト王国国境での五芒配置、海に面する南側と西側はリム王国に面するため戦闘も終了し比較的簡単に結界設置できた。

 だが東側に二か所、巨人族の国サグ―・ヴェーヌ共和国側は困難を極めた。巨人たちがアンデッドの臭気にあてられ、アンデッドオーガになり果てていたのだ、その数二百。一人の十二聖騎士団ではやや荷が重い。
 残りの一か所、設置するのは北側のオーギュスター公国は元勇者バルス・テイトが治める。不戦の契りが守られるはずだったが、公国騎士団が国境を固める。容易に結界を張らせてはくれない。

二重結界にはまだ時間がかかりそうだった。火柱と呼ばれる火炎筒を【大火ブエン】の魔法で着火させると結界が出来上がった合図だった。
二か所は火柱が上がっている、残りは三か所だった。

 セイトンは先の大戦で左腕を失った。義手の【僥倖ぎょうこうの腕】はあらゆる物理防御を無効化する最強の武器だ。セイトンの左腕に貫けないものは存在しない。【金色の夜叉ゴールデンウィーク】で肉体を強化し、腕には念入りに五十年物の聖水を塗布した。

「くっさいのよ、この聖水」

 セイトンはスケルトンの一団を手加減しながら倒す。このあと本当に復活させられるのかと一瞬頭をよぎる。消滅化させることもできるが、それではアンデッド化した住民は報われない。この作戦がベストだと、セイトンは自分に言い聞かせた。

 誰もが副団長ラルフォンの一計、ジャンヌの計画に乗ったのだった。それは、十二聖騎士団の総意でもある。
 セイトンの金色に輝く身体、美しい長い髪、束ねることもせず。魂を奪われ済みのゾンビやスケルトンたちも、セイトンの美しさに魅了されていた。

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