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【短編小説】バカは死んでも治らない

 伝説の勇者というと、聞こえはいいけど簡単に言えば人殺しだ。もう少しマイルドに言うと魔物殺しだ。魔物たちにとっては、俺はサイコパスなのだろう。そいつが子どもなのか、家族がいるのか、脅されて戦闘に参加しているのか、そのあたりは一切考慮に入れず殺戮をしてきた。魔王討伐の最後あたりは、総力戦で子供のスケルトンも倒した気がする。

 勇者専用の全体魔法で、大量殺戮もした。命の観点から僧侶が離脱し、僧侶の親友の魔法使いが、魔法使いの恋人の戦士が、と芋づる式にパーティーを離脱していった。最終戦は魔王と俺の一騎打ちだった。そもそも四対一の最終決戦もどうかと思っていたから、スッキリした気分で戦いに挑んだ。

 だがどうだ、魔王は優秀な部下を三人引き連れていた。俺は一人、タイマンを望んだが、これまでの経緯(先代の魔王討伐はこちら四で、魔王が一)もあり、容赦してくれなかった。最終的には魔王を討伐したが、最後に残した言葉が頭にこびりつく。

「あなたは人間にとっては英雄だが、我々にとっては極悪人だ。しかも、あなたには人望がない。もちろん魔望(魔物の人望)もない。どこにもあなたの居場所はないのです」と。

 俺は、魔王の頭を勇者の剣で斬り落とし、その頭を剣先に刺し雄たけびをあげた。その様子が、人間たちの一部には賞賛されたものの、大半が俺を殺戮者と呼び、血も涙もない悪魔と言い放つ。

 勝手なものだ、魔物を討伐して欲しいと言いながら、誰をどのように殺すのかは俺自身が決められない。そこには、人間流の道徳に基づいてということらしい。となると、殺害していい魔物とやらは人間の中でコンセンサスが取れているということだ。俺は魔物の権利を説いて回るジャーナリストに訊いた。

彼が言うには

「やっぱ、見た目なんすよね。こっちにもいる動物系の魔物っていうんですかね、あのウサギ系とか。あれは、共存しないとですよ」
「ということは、スケルトンなんてのは、年齢問わず討伐していいってことか?」
「討伐って。オブラートですねぇ。殺害でしょ。子どものスケルトンは良くないですよ。そういう点では、女性・子ども・高齢者なんかはダメですよね。眠らせるとか気絶系の魔法でなんとかしないと」

「攻撃してきてもか?」
「正当防衛は認められますが、あなた勇者でしょ。しかも伝説ときたもんだし。魔王倒す前から伝説扱いなんだもの、それなら過剰防衛になりますよ」

 男は自慢の知識を得意げに話す。俺はこの話にほとほとうんざりしていた。

「なら、どうすりゃいいんだよ」
「お仲間みたいに、パーティーを抜けて、戦いから離脱するしかないですね」

「そしたら、人間界は魔物に侵略されるぞ」
「それは、その時が来ないとわからないですよ」
 男は続けた。
「人間が魔物の生息エリアを侵略しているとしたら?彼らは自分たちのテリトリーを侵すものたちを攻撃しているのであって、それはあくまでも防衛戦ですよ」

「わかった、じゃぁ、次の魔王が現れても俺は一切手出しはしない」
「またまた、白黒・ゼロヒャクじゃないんですってば。本当の悪を見抜くことが、勇者さまには求められているってこと、わからないんですか?」
「本当の悪?」
「そうです、悪意あるものの集合体です」
 男はタバコに火を付けた。プかッと一呼吸、煙を肺に押し込み、すううっと吐き出した。ウマそうにタバコを吸う。

「それならば、人間こそが悪意のある集合体だな。思いやりに欠け、感謝の気持ちを表さず、愛するものを裏切り、利他の精神などない」
「そういうわけでは…」

 俺は、ジャーナリストなる男の首を落とした。そのまま、全体魔法で王国内の人間を皆殺しにした。残ったのは、燃え尽きた街と城、判別のつかない人間たちの骸。
「くくくっ、思ったとおりのおバカさんだったわ」

 首だけになったジャーナリストが話しかけてきた。
「お前、魔物だな」
「いやいや、私は死神。あなたが殺戮してきた魔物は十八万五千二百五、これはこれで、人類を救ったとも評価してもよかったんです。でもね」
「でもね?」

 首が浮き上がり、胴体とつながった。
「人間も殺しちゃったでしょ。今集計中ですがざっと、十二万。これはいただけないな」
「お前の目的はなんだ?」

 俺は死神に問うた。
「私の仕事は、死の総量を調整すること。あなたのように、イレギュラーでどんどこ生命を死においやる存在を排除することも大切な仕事なのです」
「俺を煽って、人間までも殺させた」
「いえいえ、それはあなたの意思。あなたが勝手にしたことですから」
 俺は剣を構えた、そしてそのまま剣を納めた。

「わかりましたか?あなた自身の愚かさが」
「あぁ、とっくに気づいていたが、ここまでハッキリとわかると気持ちいい。煮るなり焼くなりどうぞ」
 その瞬間王国が光に包まれる。
「蘇生呪文をかけておきました」
 死神は王国の人間たちを甦らせた。悪人を除いて。

「私の仕事は、死の総量を調整することです。こんなにたくさん一度に死なれては、賞与にも関わりますから。

 死神は俺に赤紙を渡した。
「勇者の資格を五年停止とします。その間、あなたの姿を魔物に変え、魔物として生きていただきます」
「どういうことだ」
「そういうことですよ」
「罪滅ぼし?」
「いいえ、無条件に命を奪われる側になるのです。そうすれば、見えてくるでしょう。あなたの本当の勇者の資質が」

 俺は死神にキノコの魔物に姿を変えられた。弱い、弱すぎる。逃げて生き延びるしかなさそうだ。五年もの間か。死神は去り際に、五年経てば自動的に勇者の姿に戻りますよ。装備もそのままに。

 戦闘を避け、冒険者たちから身を潜め、魔物同士の戦いにも近寄らず、ただのキノコとして五年生き抜いた。つらかった。自分の胞子でクシャミが止まらない。そのせいで、敵に見つかることも多かった。そもそも誰が敵で誰が味方なのか、魔物に身を落としてから一層わからなくなった。

 そんな中でもわかったことがひとつある。家族は大切だ。キノコの妻との間に、五十二のキノコの子が生まれた。みんな俺の子だ。俺が勇者に戻ったら、こいつらも人間になるのか?いやいや、妻がキノコだから、それは無理だろ。

 そして、五年が経った。俺は死神の言う通り人間の姿に、そして隣にいた妻はやっぱりキノコだった。子どもたちもキノコだった。事情を説明し、妻も子も俺を父と認めてくれた。護るものができた。この幸せを侵す奴らは、許さない。昨日、キノコ狩りに俺たちのすみかに入り込んできた、魔物を殺した。今日はハイキングでついでにキノコ採取にきた人間たちを殺した。大切なものを壊す奴らは、容赦しない。それが五年間で学んだことだ。


「死神!最近死者数増えすぎだろ。コントロールできてんのか?」
「あ、はい。すみません」
「あの、バカ勇者、また殺しまくってるんじゃねーのか」
「調べます」
「諸悪の根源、根元からブスッと行ってれよ。あのバカ勇者、コッチに連れて来い」
「でも、アイツ、悪いヤツじゃないんですよ。つい殺しすぎちゃうっていうか」
「バカか?一人でも殺しちゃうやつは、極悪人なの?死神やってて麻痺してんじゃないよ」
「申し訳ございません、閻魔様」

 死神は、勇者を自らの手で始末した。そのことが原因で、閻魔の怒りを買い、地獄の管理業務に異動になった。一人でも殺しちゃうやつは極悪人という言葉の意味が額面通り理解できていなかったからだ。

地獄では勇者をはじめ、魔物、元魔王、最近倒された魔王たちが争っていた。

「そっか、バカは死んでも治らないってことなのね」

 死神は勇者たちをそれぞれ別の地獄へ振り分け、できるだけ無駄な血が流れないようにとつとめた。ここではもう、死ぬことすらできないのだから。傷つけあうだけなら、ひたすら憎しみだけが増幅する、これが本当の地獄なんだと。タバコに火を付ける。大きく吸い込む。小さな鬼がやってきた。

「ここ、禁煙です」
「ちぇっ、世知辛い地獄だね」

 俺は火のついたタバコを、血の池に投げ捨てた。大きな鬼たちがまさに鬼の形相で、ポイ捨てするなと怒鳴っていた。

おわり

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