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指差す標識の事例 イーアン・ペアーズ

 「指差す標識の事例」イーアン・ペアーズ 創元社推理文庫 2020/8 を図書館で借りてきて読んだ。上巻約600ページ、下巻約500ページあり、四部構成の大作だった。お話はある大学教授の毒殺事件について4つの手記がそのまま四部構成をなしている。

 私が良い工夫だと思ったのは、出版社が4つの手記をそれぞれ4人の翻訳者に依頼していることだ。一人の翻訳者で、それぞれの手記に特徴をもたせるのは難しいと判断したのだと思うが、この試みは成功している。

 登場人物中の誰かが書いた手記なのだが、初めの手記を除いて、筆者は名乗らずに書き始める。そして、あとの手記になると前出の手記を手記の(作中の)筆者が読んだ上で書いているという設定になっている。

 だから、前の手記では良い人だったりした人が嘘つきと罵しられたり、前の手記の裏事情が次の手記には描かれたりする。読んでいる方は、あれっ、とかびっくり、という趣向である。

 そもそも手記なのだから自身に都合の良いことしかかかれていない。手記はそれぞれに、毒殺事件の犯人を別々の人物と特定する。すなわち、この事件を利用しているものもいるということだ。意外な人物像や、政治的な陰謀や、個人的な欲があいまって読んでいる方は全体像が混乱してくる。やがて毒殺事件の方はあっさりと種明かしされ、その後はそれぞれの手記の書き手が隠したかったことが暴かれ、どんでん返しという趣向である。

 というわけで、楽しめた一作である。ミステリとしての完成度も高いと思う。1660年前後の英国の政治状況、ピューリタン革命などが頭に入っているともっと楽しめると思う。文庫には年表と人物の略歴が載っているから先に読んでも良さそうだ。英国の革命時期を背景にした歴史ミステリの一面もある。

  邦題はちょっと意味がわかり難いが、原題も"An Instance of the Fingerpost"でわかったようなわからないようなである。作中の文章から推測するとフランシス・ベーコンの書物の一節からとったようだ。

歴史というのは、こんなふうに書き換えられていくんだ。 
 
 

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