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書評:ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』

『カラマーゾフの兄弟』人類史上最高傑作か?

ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』は、ドストエフスキーの最高傑作であるに留まらず、世界文学史上最高峰とも評価される作品である。

父フョードルと、それぞれ全く性質は異なりながら「カラマーゾフ的な」要素を持ち合わせる3人の兄弟ドミートリー、イワン、アレクセイを中心とした物語だ。父殺しというサスペンス的なストーリーを軸に、数多くのサブプロットから構成される。作者の死により未完となったが、小林秀雄曰く「続編が考えらぬほど完璧な作品」。同感である。

この作品に対する感想は一筋縄では書くことができない。数多のサブプロットを通して提示される思索テーマがあまりにも多いからだ。

そこで今回は、「この作品を読む魅力」について私なりの考えを書いてみたいと思う。

皆様も、この作品は読んだ方が良いと勧められることがあるのではないだろうか。それは何故か。何故読む「べき」とまで言われる作品なのだろうか。

前述のように、この作品はサブプロットの宝庫である。それらは、神と人間、罪と救い、支配と融和、善と悪など、いずれも思想的難問(対立図式、二律背反)を提起し、文豪の透徹した眼差しによって徹底的に探求される。しかもそれらは、観念的遊戯に留まることなく強いリアリティを持って読者に迫ってくる。

そのリアリティの源泉は登場人物の生々しさに寄るところが大きいだろう。登場人物は漏れなくある種の極端さを体現し、あらゆる既成概念を揺るがす存在感を有して互いに対峙し合う。それはあたかも、作品を貫く基底の価値観が存在しない、脱中心的な宇宙空間のようだ。

読者はこの作品を読む時、数多の思想的難問がひしめき合う宇宙空間の中で、自身も自らの曖昧な価値観や考え、感情などの思想以前のものと対峙することになる。そして、生きることの意味、人生の目的、アイデンティティといった、自らの存在を肯定するための要素(自分自身)を絶え間なく探求する旅へと誘われるのだ。

ドストエフスキーは、社会や国家、コミュニティに共有された価値体系が希薄化する未来を予言したとも言われる。それは現代を見れば明らかだ。

 「価値観なんて人それぞれ」
 「自分の生きたいように生きればいい」 
 「他人がどう生きようが関係ない」

現代を象徴する個人主義の正しさをここで議論するつもりはない。どんなイズムにも功罪共にあるからだ。

しかし、こうした個人主義が無前提に受け入れられる時代・社会が、果たして個人主義の「功」を体現すると言えるのだろうか。

この点ついては私は、個人主義を当たり前の価値観として自覚なしに受け入れるのではなく、この時代・社会を生きる一人一人が考える努力をし、自らの強い意志で、自発的に価値観を選択していかなければ、真の意味で個人主義の「功」を享受することはできないと思っている。

多くの人が個人主義(自分は自分だとか、自分らしくだとか)を標榜しながら、どれもこれも似通った自己啓発本やハウツー本がベストセラーとして並ぶ現代日本。
没個性化への危機感もないままに、読んだだけでより自分らしく生きられるかのような幻想に吸い寄せられる私達。

ここに、本当の意味で自立した個人主義があるのだろうか。

ドストエフスキーの描く世界には、一つの逆説がある。それは、自身の個性を磨き上げるのは、人との交わり、人との繋がりだという逆説だ。

個性を花に例えたとする。

個性の元の姿は、言わば花の種だ。種は、種だけを大事に守っていても花は咲くことができない。それだけではいつしか個性の種はコーヒー豆のように干からびて、芽吹くことすらできなくなってしまうからだ。

個性の種が芽吹き花を咲かせるには、土壌が不可欠だ。

個性という種にとって土壌を成すのは、他者との交わり、繋がり、時には対峙なのだ。他者との豊かな交わりが言わば良質の土壌を耕し、そこから個性の種は良質の栄養を得て、いつしか自分だけの大輪の個性の花を咲かせることができ流のだ。

そうした大輪の個性の花がまた時代・社会を刺激し、若い世代の憧れとなり、他者と共存する、社会の一員としての生き方へと一人一人と導いていく。

ドストエフスキーが恐らく願ったのは、こうした人と人が豊かに繋がる社会を通して個人が自己実現していくような、そうした個性と社会性の同一性が育まれた世界だったのではないかと思われてならない。

極端な言い方ですが、「個性は社会性から生まれる」のだ。
それが何度もドストエフスキーを通読してきた私なりの確信だ。

読み継がれる作品には普遍的な知恵がある。況や、世界文学史上最高峰との呼び声もある本作においてをやだ。

私が人生の1冊を選ぶならば、間違いなくこの作品だ。

読了難易度:★★★★☆
人生観への影響度:★★★★☆
人類的アポリア(難問)への思索誘い度:★★★★★
トータルオススメ度:★★★★★

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