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『人材版伊藤レポート』について考えてみた

0.はじめに

昨今、私が所属するHR領域では、JOB型・Well-being・パーパス経営・HR Tech・データドリブン人事といったはやりワードが続出しており、なんとなく上澄みだけすくっているけど、結局何をやっているのかよくわからないという様な感覚を持っている人も多いと思います。

そこで、「まずは基本に立ち返ろう」ということで、企業経営に多大なる影響を与え、これらトレンドを世に広めるきっかけとなった要因の一つである人材版伊藤レポートについて、人事担当者目線で本気向き合ってみて、今何が起きているのか、今後何をしていくべきなのか?という点について少し思案を巡らせてみようと思います。
※ちなみに、今回あえて直近発表された2.0ではなく、人材版伊藤レポート1.0を取り上げています笑

1.伊藤レポートとは

2014年8月に、伊藤邦雄一橋大学教授を座長とする経済産業省の『持続的成長への競争力とインセンティブ~企業と投資家の望ましい関係構築~』プロジェクトの最終報告書として、公表された「伊藤レポート」。ROE8%というベンチマークの設定等、その後の企業経営に多大なる影響を与えたことについては既に知っている方も多いかもしれません。

では、2020年9月、人的資本経営に焦点を当てた「人材版伊藤レポート」が公表されていることはご存知でしょうか?さらに、2022年3月に「人材版伊藤レポート2.0」が公表されています。

2.0では、人材版伊藤レポートで目指す人的資本経営を実現するために、実際にどんなアクションを取るべきなのか?という点に踏み込む内容となっていますが、そもそも人的資本経営が隆盛している背景については人材版伊藤レポート1.0を基に理解する必要があります。

2.人的資本への関心が高まっている背景

そもそも、なぜここまで人的資本経営への関心度が高まっているのでしょうか?2018年12月に国際標準化機構(ISO)が発表した人的資本に関する情報開示のガイドライン「ISO30414」を基に、企業が内外のステークホルダーに対して人的資本の情報を開示することが求められ始めているから、ということにはなるのですが、そもそもなぜ人的資本の公表に対するニーズが生じているのかというと、

  • 企業の競争力の源泉が、これまで以上に有形資産から無形資産に移っている

  • ビジネスモデルや個人を取り巻く環境が大きく、そして速いスピードで変化している中、経営戦略と人材戦略のギャップが大きくなっている


との記載があります。
これって実際に何をいっているのかというと、例えば自動車の生産台数は工場や生産設備といった有形資産による制限があリますが、Netflixの様なITサービスは限られた有形資産で理論上無限のユーザーを獲得できる為、サービスや技術を生み出す人材の価値がこれまで以上に高まっているということだと思います。

また、経営戦略と人材戦略のギャップについては、例えばガソリン自動車から電気自動車へと重点領域を移していく経営方針がある企業の場合、実際に電気自動車開発を担える人材に人的資本が変化しているのか?といった点について見ていく必要があるといった理由が考えられます。

3.人的資本経営における問題意識と変革の方向性

問題意識や変革の方向性について考える前に、まず人的”資本”という言葉に込められるメッセージについてしっかりと理解することが人事として必要です。”資本”という言葉は、価値を生み出していく源泉という意味を持ち、これまでの様に人件費管理をするだけではなく、投資という意識を持って投資対効果を意識するというマインドチェンジが求められています。

これは人事パーソンからするとかなりの追い風です。管理部門として疎まれがちな人事が、ビジネスにおける勝敗を左右する存在として認識される転換点になる可能性があるからです。
実際、レポートの中では「日本の人事は60%の割合で管理部門とみなされており、グローバル平均と比べて14%高い」というデータが挙げられています。悔しいかな、現時点で価値提供部門としてはみなされていないということです。個人的には、人事機能は短期的に目に見える価値が出しにくい仕事ではあるため、ある程度現場に評価されなくても正しいことをしているんだという自己暗示も必要だと思っているのですが、それでもこの数字は悔しいですね。

では、価値を提供するために今後人事がどのようなことに取り組むべきなのでしょうか?レポートの中では、以下の様な取り組みが必要と整理されています。

  • JOB型雇用の導入

  • 多様なキャリアパス自律的なキャリア形成を後押ししていること

  • 従業員満足度、エンゲージメントの向上に努めていること

  • スキルアップ、スキルシフトをサポートしていること

  • 社外人材への積極的関与(兼業・フリーランス含む)

  • ダイバーシティ―に富んだ人材を確保していること

ただ、これだけでは具体的な取り組みが分かりにくいので、一つ一つ具体的になぜ必要なのか、どんなことに取り組む必要があるのか、について考えていきます。

「JOB型雇用の導入」について。
なぜJOB型雇用の導入が必要になっているのかというと、
・専門性を育むインセンティブが生まれること
・専門性を持つ人材を採用するための必要条件になっていくから
とのことです。
どんなスキルや経験があれば、そのポジションを担うことが出来るという事が明確化されていれば、それに向けてスキルや経験を積んでいく意欲が湧きますし、逆に入社後に自分のスキルに合わない仕事をアサインされる可能性があれば専門人材の獲得はできません。

「多様なキャリアパスや自律的なキャリア形成」について。
これを実現するためには、主に社内公募(ポスティング)制度の導入が必要になります。これもJOB型雇用と大いに関係していますが、社内公募での異動や社外への転職含め、自分でキャリアを構築していくという意識を浸透させることによって、自己学習の促進や、今になっている仕事への納得感向上につながります。
ここで注意すべき点は、全て個人のキャリア志向に任せるという訳ではない点です。JOB型雇用が先行する欧米で「タレントマネジメント」という人事機能が確立されているのは、経営人材は一つの領域を極めるスペシャリストではなく幅広い視野を持った人材が必要とされていて、経営人材の育成に関しては部門長や本人との調整による越境経験を積むアサイン等、人事がかかわっていく必要性は残ることに注意です。

ただ、ここは日本の人事部門としてより専門性を高めていく必要があるかもしれません。経営人材を育てるためにはどんな経験をどのタイミングで積ませる必要があるのか、感覚論だけではなくアカデミックな知見も併せることで初めて価値提供部門として認められるのだと思います。
(最近楠田祐の人事放送局というPodcastで聞いた、スマートニュースのアメリカ本社人事和田さん、GAPのグローバルコンペ―ぜーションマネジャーの松浦さんの話を聞いてても、まさに日本の人事とアメリカ人事の専門性の深さの違いを強く感じました。お時間あれば是非聞いてみてください。
https://www.hrpro.co.jp/hr_broadcasting.php

「従業員満足度、エンゲージメントの向上」について。
比較的現時点でも浸透しているエンゲージメントサーベイの実施が主な施策です。「なんだアンケートか」と思う人もいるかもしれませんが、まずサーベイ設計は重要なスキルです。設問設定によって大きく回答が異なるので、サーベイを実施した後にどんなアクションを取りたいのかを熟考した上で慎重に設問を設定する必要があります。
分析においては、社外比較も重要ですがアンケート設計によって回答が大きく左右されるので、まずは社内の経年変化をしっかりとみていくことが重要ではないかと考えます。
ちなみに、ここはなかなかデータドリブンが浸透しない人事の中で最も最初にデータドリブンによる戦略的アクションが取りやすいところです。まずはESサーベイの結果を基にした各部門へのアクションということになりますが、今後目指すステージとしてはQuartlics等を活用して各種施策とのクロス分析を拡大していくフェーズです。
(手作業で分析していると分析負荷が高く、分析作業自体が目的になってしまう可能性が大なので、BIを用いて以下に自動で可視化できる状態にできるかが鍵です)

※注意するべきポイントとしては、エンゲージメントを左右する設問項目を”平均値”で見るだけではだめということ。例えば、1on1の実施状況調査等をした時に、実施頻度の平均が「2か月に1回」から「1か月に1回」に上がったと喜んでいたとしても、もしかすると1on1の実施頻度は「2週間に1回」程度でなければあまり効果を生まないものかもしれません。なので、平均を見るだけではなく、どこまで持っていく必要があるか?という視点も持つのが大事ですね。

「スキルアップ・シフト」について。
ここについては、キャリア自律を求めるのであれば、従業員が自律的に学べる環境を構築することが重要です。一人一人に合わせた研修を構築することは人事部門のリソース的にも不可能なので、Udemy・Globis・LinkedinLearningといったキャリアテックサービスを活用し、従業員が自ら学べる環境を用意することも重要です。
ただ、ここについてはキャリア自律に向けた意識変革とセットであることが不可欠です。それがなければ、ただただ「従来の集合研修に行かなくて良くなった〜」と、学ぶ機会が減ってしまうだけになってしまいます。
会社側としては、JOB型人材マネジメントの導入によって、どのポジションでどんなスキルが必要になるかといったJDの整備・公開が責任となってくるでしょう。

「社外人材の活用」について。
ここは多くの会社で知見が少ないところかもしれません。正社員・非正規雇用・派遣といった社員の雇い入れについてはノウハウが蓄積されていない会社が多いと思いますし、私自身も理解が浅い部分です。「副業推進」といって、社員のキャリアパスを広げる取り組みも必要ですが、副業で働く社員を受け入れる体制の構築が出来ているか?という点は今後整備や、各部門への理解活動が必要になっていきます。

「ダイバーシティ」については、現時点では国籍や性別といった観点でしかの情報整理が出来ていない気がしています。一部の企業では既に公表しているそうですが、中途採用比率や組織構築に性格特性(イノベーション人材比率)等も検討材料かもしれません。


今回は人材版伊藤レポート1.0の第1章 人事が果たすべき役割についてまとめてみました。


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