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映画<サイレントラブ>~想いの音色~

日常に隠れた美しいもの


映画が始まりしばらくして、鉄塔が立ち並ぶ風景が映し出されたとき、鉄塔たちが森に立つ木々のように叙情的だったのに驚いた。
鉄塔と電線は、美観を損なうものだと思っていたから。
美しくないと思っていたものが、美しかった。美しくなれる力をもっていた。
思い込みに目が曇って、美しいものを、大切なものを、見逃していたような。

言葉を消した美しさ


「サイレントラブ」の主人公、蒼(あおい)を演じるのは山田涼介。誰が見たってキラキラで美しい。美しい山田涼介が、その瞳からキラキラを消した。
瞳にはキラキラではなく、深い闇を沈めている。
闇のような出来事に遭い、その闇を澱のように沈ませた瞳だ。
そうして、瞳だけではなく、その身にも、生活にも、キラキラをまとわない主人公、蒼を生きる。
キラキラをまとわないのに、蒼は美しい。
声を失った蒼は、日々の仕事をこなしながら、格闘技のトレーニングを継続し、戦闘力のある強い身体と心を持ち、蒼を思う仲間もいる。
キラキラが虚飾のようなものだとしたら、蒼は虚飾のない、素で美しい個体を持つ人なのだ。
蒼が言葉を発さないのも、虚飾のない美しさを際立たせる。言葉は目立ちすぎて、大切なものをかき消すことがある。
純粋なきもちを言葉で表現するのは、すごく難しいことかもしれない。純粋さは賢さから距離を置いたところにあるような気がするから。

言葉は大切な音となる

蒼が惹かれるヒロイン・美夏を演じるのは浜辺美波。
「シン・仮面ライダー」でテキスト(セリフ)で画面が埋めつくされるような多セリフをこなした浜辺美波が、「サイレントラブ」では必要なことだけを言葉にする美夏になる。ピアノ科の学生である美夏は、真摯に、真剣に、音に向き合い、音を求め続ける人だ。
美夏が大切に発する、多くはない言葉数のなかの「蒼さん」という言葉は、優しい響き、優しい音である。想う人の名前を大切に呼ぶと、優しい音になるんだ、と気づかされる。
蒼は美夏の名前を呼ぶことはないけれど、ガムランボウルの音色が、大切な人の名前を呼ぶ声音に等しいのだろう。

心が奏でていく音



蒼が言葉を発さないぶん、蒼の美夏に寄り添うこころの流れのようなものが、丁寧に観客に伝えられていく。
視力を損なった音大生の美夏は、周囲の優し気な言葉を拒否(言葉を信じない)し、ひとりで杖をたよりに、ピアノを弾きにいくために音大まで歩く。
蒼と美夏が出会ってから、いつしか美夏は、自分の杖を蒼に託し、蒼の腕に寄り添いながら歩くようになる。
橋の上を寄り添って歩いていくふたりの姿は、ラブストーリーのキラキラもウキウキもなく、恋人たちの静かな道行きのよう。
会話をしないのだから静かなのだが、会話という音声がないぶん、普通では伝わらないものが伝わってくる。
蒼と美夏が橋の上で出会った散歩中の小さなチワワを撫でているときの、美夏の手に伝わるチワワの体温のあたたかさとか。
そんなふうにふたりで一緒に歩いている時間の温かさを感じている蒼の、平熱よりも少し上がっているはずの体温のあたたかさとか。
献身的な自己犠牲的な蒼の愛し方は、美しく。
そんな蒼の誠実さに惹かれていく周囲の人々の姿も、美しい。
想いの音色は、人々が想像する音色。だから無音だ。

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