見出し画像

【経済のモノサシ】スティグリッツ「プログレッシブ・キャピタリズム」2019

要約

 米国の格差は「1% vs. 99%」に悪化した。民主主義国家で99%の人々の期待が裏切られ続けるとはどういうことだろうか? 格差は民主主義敗北の証だ。米国に蔓延した誤った信念を見直す必要がある。① 市場は万能ではない ⇒ 市場と政策のベストミックスを追求すべきだ、② 普通選挙だけでは民主主義は守れない ⇒ 政治献金を規制し、政策決定プロセスの可視化と市民による監視を強めるべきだ、③ GDP成長は市民の幸福ではない ⇒ 経済の成果は市民の幸福で測られるべきだ。

停滞と格差の実態

  • 米国の平均GDP成長率は 1947~1980年で3.7% ⇒  1980~2017年で2.7%に低下した。同時にあらゆる面で格差が拡大している。

  • 所得格差: 上位1%が急速に所得を伸ばしている一方で、下位90%の所得はほとんど伸びていない。

  • 資産格差: 上位1%が米国資産の40%を所有している(下位層も住宅・自動車を所有してはいるがローンで相殺される)。世界的にみても最上位26人の総資産と最下位36億人の総資産が等しい。

  • 搾取される労働所得: 上位1%を除いた労働分配率(=人件費/付加価値)を再計算すると 1980年75% ⇒ 2010年60% に低下、給与伸び率は生産性向上率に対して1/5まで低下した。

  • 人種・性格差: 女性の賃金は男性の83%、黒人男性は白人男性の73%、ヒスパニック男性は白人男性の69%

  • 医療格差: 所得上位10%と所得下位10%の女性の平均寿命の差はこの20年間で3.5年強から10年以上に広がった(貧乏人ほど寿命が短い)。

  • 機会格差: 子どもが両親以上の収入を獲得する見込みは1940年生まれでは90%だったが、現在は50%前後まで低下している。

格差拡大の謎

  • これほどの格差が容認されている合理的な理由が見当たらない。高所得者への税制優遇・低所得者向け社会保障削減・独占禁止法緩和・労働者保護や環境保護の棚上げなど、民主主義が正常に機能していれば本来支持されるはずのない政策が採られ続けている。

  • 「高所得者と独占企業による政治献金・ロビー活動・公職への人材供与・メディアの独占などを通じて格差拡大政策が採られるという悪循環が止まらなくなっている」と考えるのが最も有力な原因仮説だ。つまり格差拡大は99%の人を不幸にするだけでなく「格差拡大と独占 ⇒ 金権政治 ⇒ さらなる格差拡大と独占」という悪循環を通じて民主主義そのものを破壊する。しかも現代の金権政治や独占の手法には様々な工夫が凝らされており、簡単に見破ることができない。この状況をひとり一票の力で変えることができるのか不透明だ。

  • 米国の民主主義と経済の発展に基礎づけられた三つの誤った信念を国民自身が見直す必要がある。

    1. 経済選択の誤り: 市場を自由化すれば、あらゆる経済問題が解決する ⇒経済は市場と政策のベストミックスを追求すべきものだ

    2. 政治選択の誤り: 選挙さえしていれば民主主義は守られる ⇒ 格差と独占は民主主義を腐敗させる。金権政治への監視が必要だ。

    3. 価値観選択の誤り: 経済成長(GDP成長)は市民を幸福にする ⇒ 経済の成功は貨幣ではなく市民の幸福によって計測されるべきだ。

  • 21世紀の政策の中心課題は、社会のさまざまな要素、政府、民間企業、市民の間の社会的・経済的バランスを改善していくことにある。その活動では非営利組織も重要になる(現在もNGO、NPO、大学、協同組合、信用組合が活発に活動しているが過少評価されている)。

グローバル化

  • 我々はグローバル化によって米国がさらに 繁栄すると勘違いした。しかし、繁栄したのは世界的独占を果たした企業だけであり、脱工業化に乗り遅れた米国市民(いわゆるラストベルト)が経済的に転落した。その反動として、移民・留学生・外資企業を締め出すことで米国の知識資本も低下している。自由貿易を唱えつつ都合が悪くなると保護主義へと迷走していることが原因だ。中国は自国主義の貿易政策で一貫している分、貿易戦争という視点で常に優位に立っている。

  • こうした混乱は「米国発の○○主義」は当然の如く世界で受け入れられるという勘違いに起因している。貿易とは、全く異なる社会体制間の交易であり、交易条件は相対交渉で決まる。どの国も自国主義で臨むだけであって、他国に交渉はできても干渉はできない。多国間貿易協定も合意可能な範囲を見極めて慎重に行うべきものだ。

  • グローバル化とは自国に有利な交易条件を他国に押し付けることではない。無制限な自国市場の開放でもない。政策としてのグローバル化とは「自国を保護しつつ国内産業構造を変化に対応させる」という国内政策のことだ。米国では脱工業化と地域化(地域特産化)が鍵となる。たとえば、19世紀に綿織物の世界的中心地だったイギリス、マンチェスターは、政府支援により教育と文化の街へと生まれ変わった。確かに最盛期ほどの繁栄はないかもしれないが、破産するまま放っておかれたアメリカのデトロイトに比べれば、その違いは一目瞭然だろう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?