痛みを痛みで終わらせない

新年に気持ちが緩んでいるところに、能登半島を中心に大きな地震が発生した。初詣から帰ってきて眠気に襲われているところに、テレビから「逃げてください」と繰り返すアナウンサーの声とアラートが鳴り響いた。

大学生以前の自分だったら、「大変なことが起こっているな」と思いながらも、どこか他人事だったんじゃないかと思う。
今は、金沢大学の友人、石川県に帰省する友人。沢山の知り合いと、
そして誰もいなくても、この2年間、阪神淡路大震災、東日本大震災と、被災地に足を運び、災害について、防災について、学び続ける日々だった。

家族旅行に行った時の写真をビデオに編集している父からリモコンを奪い、
30分間テレビ画面に見入っていた。1.5メートルの津波が到達した。建物の倒壊、火災。

両親の会話を聞いてはっとした。この冬の中では、寒さを凌いだり、
高齢者を連れて避難するためには、車が必要不可欠だって。
高台に避難しろ、といったって、指定避難場所になっている運動公園には、寒さを凌げるような場所も備蓄もないって。

東日本大震災の時のてんでんこの言い伝え。
てんで、ばらばらに逃げろ。
復興防災論の授業でも取り上げられていた、高齢者が避難を諦めるケース。
いつか、聞いた、人であることを捨てなければならない。
っていう言葉が、また心臓に重たくのしかかる。

そして、自分が何を言っても、本当の意味で家族、その場に居た親戚の耳に届いていても、心に響いていないと感じたことが本当に悔しかった。
自分にもっと伝える力があれば。

「戦後の東京の焼け野原みたいだ。」と力なく呟く女性。
家族がきっと、あの瓦礫の下に取り残されていると思う。という男性。
物資が不足し、暖をとれない避難所で拳を握る高齢者。
画面を見入る顔は息を呑み、言葉にできない気持ちの重たさと、
悲痛な気持ちが溢れているのに。

悔しくて、たまらなくて家を飛び出して、マックでコーヒー飲みながらずっと考えてた。

伝える力を磨く1年にする。
自分の命、大切な人の命、少しでも多くの人が健やかな日々を過ごせますように。

せめてもの気持ちで、募金をさせてもらったけれど。
本当は今すぐに、行動に移したい気持ちでいっぱい。
何か、できることはないか、
こんな時に使わないで、何のための環境か。


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