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人生初タッチ!

帰宅してまったりコーヒーを飲みながら、今日見た印象的な小さな男の子のことを思い出していた。
「そういえばあの男の子、ものすごくおごそかな顔をしていたなぁ。
あんなにおごそかな顔をした人って、今まで見たことがないなぁ」
それはバスに乗っていた時のことだった。

今日は暑かった。
バスはクーラーがきいていて、快適だった。
ありがたや~、ありがたや~、と思いながら私はバスに揺られていた。
バスがとある停留所で止まった。
新しい乗客らしい。

後ろのドアが横へスーッと開いた。
私の座席は真ん中よりちょっとだけ後ろ寄りの、ドアがよく見える位置だった。
私は何げなくドアの方を見た。
若い女性と二、三歳くらいの男の子がドアの前に立っていた。
私はその男の子を見て驚いた。
とてもおごそかな顔をしていたのだ。
顔だけではない。
全身からおごそかな気配が漂っていた。

あんなに真剣にバスに乗ろうとする子って、初めて見た、と私は思った。
男の子は左手に何かを持っているようだった。
そして、短い足で一生懸命ステップを登って、バスに乗ってきた。
女性(どう見ても母親)が優しく、ICカード読み取り機へ指をさした。
「ほら、ここにタッチするのよ」
男の子は左手をカードリーダーへ持っていき、ピッとタッチした。

あー、手に持っていたの、ICカードだったんだ。
ケースに入っていたので、よくわからなかったのだ。

二人はバスの後ろの方へ向かった。
バスは再び走り始めた。
しばらくすると、かわいい声が後ろの方から聞こえてきた。
今日のバスは空いていて、なかなか心地よいドライブ、という感じだった。
男の子の声は楽しげだった。
何を言っているのかは、さっぱりわからなかったが、私まで楽しくなる声だった。

私はコーヒーを飲みながら、閃いた。
「もしかしたらあの男の子は、今日、生まれて始めてカードリーダーをタッチしたのかもしれない。
そうだ、きっとそうにちがいない。
あの子は、今日バスに乗ることをとても楽しみにしていたのだ」
そう考えるのが自然だと私は思った。
この先、あの子は、それはもう何回もリーダーにタッチすることだろう。
「今日のことをあの子はいつかふと、思い出すのかな、思いだしたらきっと楽しいんだろうな」と思いながら、私も楽しくコーヒーを飲んだ。