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クラマラス 14話 (長編小説)

 しばらくの間、浦野くんと大浦くんと新谷くんの3人での演奏が続いている。周りもざわつき始めた。明らかに3人の表情にも影ができている。

「葛西はまだ来ないの?」
筒井が私に問いかけるように言った。
「もうそろそろだと思うけど・・・」
全く自信は無い。何しているの?葛西くん・・・

 その瞬間後ろの扉の開く音がして葛西くんが走って来た。
 ギターを肩に担ぎ、ピックを右手に持つ。マイクの前、所定の位置についた。葛西くんは1つ深呼吸して話し始めた。

「遅くなってすみません。ちょっと滝野先生と話をしていました。自己紹介をさせてください。僕たちは『クラマラス』です。これから僕たちクラマラスが軽音楽と吹奏楽、音楽系の部活の交流のために演奏をさせてもらいます。『同じ音楽系なので仲良くしましょ』ってことで1つよろしくお願いします。そして僕の横にいるベーシスト。2、3年生には顔馴染みかと思いますが彼に突っ込むのはまた後で。これから歌う歌はコンクールに向かう皆さんへの応援の曲です。聞いていただければ幸いです。『On Your Mark』」

そうバタバタと話して葛西くんは深呼吸をもう一度し、浦野くんの方を見て頷いた。
浦野くんは何かを口パクで言ってたようだけど、真剣な顔に戻り頷いて応じた。

緊張がこちらにも伝わってくる。
一拍おいて演奏が始まる。

 イントロは浦野くんのピアノだ。力強くてそれでいてゆったりとした音が響く。印象的なメロディの後、エレキギターのアルペジオが始まり同時に葛西くんの歌声が聞こえる。

{無理だってそんな気がしていた 僕が出来るはずなんて無いって思ってた 
 俯いて歩くしかない僕の目を 君は必死に見つめようとする
 誰よりも何かを成し遂げようとして 僕は必死に右手を伸ばす
 誰かに伝えたいことを間違えてしまって 

 あなたと見ていた夕暮れに 走り出してしまいたいなんて
 そんなのヘンだろなんて 笑いながら僕たちは走り出したんだ 

 僕の選んだ道は絶対に間違いじゃない 信じてるんだいつだって
 肩の力を抜いて 周りを見て きっと見ていてくれてるんだ
 僕たちが見ている場所は未定な世界の気配を消すようにして足掻き続ける先にある気がして}


・・・歌が終わった。

 葛西くんは俯きながら肩で息をしている。音楽室の空気はまだ張り詰めている。4人の肩が上下に動くのだけが目立っていた。
 その刹那葛西くんが顔を上げてマイクに向けて声を出す。

「ありがとうございました」
そう言って葛西くんはお辞儀をし顔を上げる。同時に額の汗を右の袖で拭った。

固唾を飲んでいた音楽室の空気がどこからともなく鳴り出した拍手によって震える。私も出遅れてしまったが拍手をした。葛西くんは笑いながら後ろのみんなに振り返る。

私も何故か嬉しかった。隣の橋本は微動だにしないので気になって顔を向けたが私はすぐに顔を前に戻した。こう言う時に見つけられて心配されるのが橋本は一番嫌なのを私は知っている。

葛西くんのことを知っていてよかった。葛西くんに相談してよかった。

 クラマラスはその後何度も「ありがとうございました」と言って機材を片付け早々に出て行ってしまった。クラマラスがいなくなり吹奏楽部だけが残った音楽室。口火を切ったのはフルートのパートリーダーの生田だった。

「部長、ごめん、私たちのパート十分に演奏できるようになったし、そんなに集中してやらなくてもいいよねってみんな心のどこかで思ってしまっていてそれで空気を乱してた・・・ごめんなさい」
そう言った後フルートパート全員が立ち上がって謝った。良いチームワークだと思う。

それを受けて部長も
「私の方こそ気を張り過ぎてしまって、ちゃんと本当のことが見えてなかった。ごめんなさい・・・」

私の隣にいた橋本が珍しく発言する。
「私、もっと努力しなきゃいけないって思ってた。私に今何が足りなくていまいちなのか一人で練習をし続ければ答えが出てくると思ってた。でももっともっと私の気持ちをみんなにぶつけてもよかったのかもしれない」
 
 それは私たち全員に言えることなんだ。もっと自分の気持ちを楽譜にぶつけよう。それしかもうできない。もちろん楽譜の作曲者の意図を理解した上ではあるが、私たちはきっと、救われた。



「それで、葛西は音楽室に乗り込んでゲリラライブ?」
「そうだね、何だかそうしないといけないと思ったんだよね」
「すげーな」
僕はあの音楽室での演奏から数日後。コンクールまで後2日の昼休みの教室にいた。今日は部室で練習ではなく夜に大原楽器のスタジオを貸してもらう予定だったので学校には来なくてもよかったのだが、家で歌詞を書いていたら煮詰まってしまい結局学校に来ていた。

 教室で歌詞を書いていたら「あちっー」と言いながら新庄が入ってきた。新庄とは修了式以来会ってはいない。彼がサッカー部で毎日学校に来ていたのは知っていたが、文化部と運動部は活動場所も違うし部活動のサイクルも違うので顔を合わせることはほぼ無かった。だから一瞬どんな顔をして良いのか迷ってしまったのだが「久しぶりー」と新庄は言ってくれたので僕の方も「久しぶり」と返すことができた。

新庄は「何か面白いことあった?」と聞いてきたのでこの間のことを話した。思ったよりも食いついてくれてちょっと嬉しい。
「今度俺にも聞かせてよ」
「えー、それはなぁ。まだ練習しないといけないし。前回のことで改善点が見えてきたから」
「そうかぁでもライブするときは教えてくれよな」
「おう、もちろん」
「俺さ・・・ちょっと真面目な話をこれからするけどさ、俺はさ葛西が音楽好きなようにサッカーが好きなんだ。でもさ、この間の地区大会負けちゃって・・・受験勉強もあって部活動冬までは続けないんだ。俺はサッカーの推薦で大学に行けるほどの才能はないしね。だからこの夏が終わったらサッカーはおしまいにするんだよね」
新庄の悔しさのような諦めのような感情が伝わってくる。

「まだ、これからだよ、これから。今は志半ばでもいつかはきっと自分が一番良いって思える所までいけるよ。僕だってそう思ってる」

少し新庄の表情が柔らかくなり
「だな、やっぱり葛西は頼りになるよ。相談してよかった」
「何でよ僕なんて何も役に立たないじゃん」
「俺はさ友達なんていらないって思ってたけど、良いもんだな」
「うん、その気持ちわかるよ」
僕は心臓が上に上に押し上げられているような感覚に襲われながら言った。嬉しい。新庄は僕のことを友達と思ってくれているのだろう。初めて音楽以外での友達が出来たのかもしれない。

 そんなことを話していたら新庄は部活に戻ると言って教室を後にした。僕は胸が押し上げられそうになる変な感じにいてもたってもいられず教室を出て外の空気を吸いに行った。

 こんな昼間に誰もいない教室を見るというのはどこか異次元に来たのではないかと思うほど変な感じがする。そんな非日常に楽しくなってしまい普段は通ることはまずない教室の前を通ってみることにした。

 誰かにあってしまう可能性がある以上表立って表情を出すことは避けていたがやっぱり変な感じに顔がニヤついてしまう。そんなことをしていたらある教室のドアが開き人が出てきた。

「失礼します」
その声の主は北野さんだった。急に現実に引き戻され踵を返そうとすると北野さんに気づかれてしまった。

「あれ?葛西くん?!どしたの?」
「いや、ちょっと気分転換に散歩なんぞを」
「廊下で?変わってるねぇ」
「そう、変わってるんだよ、今さ、夏休みじゃない?教室に誰もいないの!昼なのに!なんか変だよね」
「うん?よくわかんない」
「だよねぇ・・・そういえば何だったの?」
話を誤魔化すことにする。

 しかし北野さんは困惑した表情を浮かべた。だから僕は
「あ、良いんだよ、言いたくないこともあるよね」
「うーんちょっと今は一人で考えたいからまた相談に乗って」
「もちろん、任せなさいよ」
「ありがと、じゃあ私は練習に戻るね」
「うん、行ってらっしゃい」
北野さんは何か悩んでいるようだった。何に悩んでいるか教えてくれなかったけれど・・・

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