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クラマラス 16話 (長編小説)


「え?誘ってないんですか?」
コンクールの県大会後、山下と私は距離が近くなった。特に嫌な気分はないむしろ慕ってくれて嬉しい。

「誘ってないよ、なんで誘うの?」
「え、だって花火大会ですよ?若者は浴衣着てデートしたいじゃないですか!」
「若者って。あのねこの間から勘違いしてるようだけど私と葛西くんはそんな仲じゃないの」
「じゃあどんな仲なんですか?」
「え?・・・それは」
私はいい言葉が思い浮かばなかった。友達?恋人?音楽仲間?どれもしっくりとこない。これは困った。

「北野トランペットと合わせたいんだけど」
筒井が声をかけてくれた。
「あ、うん今行く」
筒井のもとに急ぐ。

「ありがとう」
「いやいいよ、でも私も知りたいのは事実。葛西とはどうなのよ?」
「うーん、よくわからないんだよね」
「好きじゃないの?」
「え?そりゃ好きだよ。ただこの好きが恋の好きなのか筒井たちに対して思っているのと同じ好きなのかがわからない」
「なかなか難しい人だね北野って」
「私もそう思う。だって葛西くんとは音楽の話ぐらいしかしてないし、音楽があるから葛西くんと関われてるって思うし、それに私にとって葛西くんって・・・」
「北野にとって葛西って?」
「うん私にとっては・・・」

「北野!筒井!今年の花火はみんなで行きましょ!」
私の話は腰を折られ部長が入ってきた。

「え、みんなで?」
「そうそう、みんなで。もう私と伊藤と橋本は行くって」
「橋本も行くの?意外!」
私は思ったことを口に出して後悔を少しした。

「あの、伊藤副部長も行くなら私も付いていっていいですか?」
そう声をかけてきたのはオーボエの星野さんだ。
これまた意外。部長は何故か困った顔をしている。そこに副部長が入ってきた。
「いいよいいよ、可愛い後輩だもん、おいでよ」
「ありがとうございます」

普段あまり感情を表に出さない星野さんなのでお礼は普段と変わらないようだったが嬉しそうだった。
「じゃあ私もいいですか?」
「うん、行きたい人はみんなで行こう」
山下も参加を表明した。私たちも返答こそしていないけれど流れに巻き込まれて行くことになってしまった。
まぁいいや。花火大会か。



「え?まだ誘ってないの?!」
浦野が驚いて聞いてきた。

「だって誘うも何も北野さんとはそういう関係じゃないし」
「え、そうだったんですか?」
大原も驚いたように聞いてきた。

「そうだよ。え?まさか新谷もそう思ってた?」
「はい、思ってました」
何を勘違いしているのか。僕と北野さんは付き合ってなどいない。

「花火大会に誘わないんですか?」
「向こうは待ってるかも知れませんよ」
「誘えよ」
3人に詰め寄られる。待っているかも知れない?

「いや、ないない、北野さんはきっと誰かと行くでしょ」

「まぁ北野さんは可愛いからね、モテると思うよ」
「でもそうしたら葛西さんは悔しいですよね」
「ショックを受けますよね」
この3人はいいチームになっている。

「まぁダメで元々誘ってみれば?どうせ暇でしょ?」
「『どうせ』とは何んだよ『どうせ』とは」
「振られたら俺たちが一緒に行ってやるからさ」
浦野め。

「あ、すみません僕は一緒には行かないです」
大原が冷静な表情で言った。
「は?」
「僕はデートなんで」
なんだこいつ!?

 練習が終わり、いつものように北野さんがいる河川敷に向かう。近くにつれて聞こえてくるトランペットの音が心地いい。

「おー来たね葛西くん」
「うん!今日も一緒に演奏しよう」
「いいよ、今日は何の曲する」

最近はそんなことを言いながら演奏を始める。県大会から一週間。地方大会まで残り二週間ぐらいだが今はまだ余裕があるらしい。自信に溢れていると言った方がいいのかも知れない。二人での演奏は本当に楽しい。お互いをよく理解しているからこそ音のバランスがちょうどいいのだ。

 日が暮れ始めた頃。
「そろそろ今日は終わりにしようか」
「そうだね、なんかね私、トランペットが更に好きになってきた」
「そうなんだ」
「うん、県大会のこともあるし、今は朝から晩までこの楽器と一緒だし、尚且つこうやって葛西くんとセッション出来るのってやっぱりワクワクするんだよね」

「僕も、なんか北野さんと演奏すると、試されているような、『こんなことは出来るのかい?』って言われているような気がして、でもそれが嫌じゃない。『出来ますとも』って思いながら弾いている」
「やっぱり葛西くんがいるからだなぁ音楽がこんなに好きになるのは」

そう言ったきり僕たちの間には沈黙が横たわった。
口火を切る。
「そういえばさ、今週の土曜日にさ、花火大会あるじゃない?」

僕は何を言おうとしているんだ?勢いのまま言葉が出てきてしまう。
「花火大会ってあまり行った事なくて・・・これも経験として、いい歌が作れるかも知れないからさ、無理にとは言わないし、先約があったら全然大丈夫なんだけど一緒に行かない?」
一想いに出た言葉を僕は後悔した。また沈黙が横たわった。

「ごめん、花火大会はもう行く約束をしてしまった」
「え!?あ、うん・・・いいよいいよ全然・・・楽しんで来てよ。お土産話よろしくね。と言っても僕もバンドメンバーと一緒にいくからさ、もしかしたら会っちゃうかもだけど」

そう言って苦笑いしながら僕は急いで楽器を片付けて席を立った。
「あ、でもね!」
「うんうん、気にしないで気にしないで!楽しんできてね」

僕は取り返しのつかないことをしてしまったのかもしれない。北野さんとこの関係性を崩してしまうことになったのかもしれない。そう思うと僕は本当に後先を考えないダメなやつだ。




 葛西くんとの間に距離感が生まれた。河川敷へは曲作りを始めたと言って来ない。朝も一緒に登校することが無くなった。

私と山下は2人で手洗い場にた。
「え?ちゃんと言わなかったんですか?明日ですよ、明日」
「うん、言おうとしたら話を遮られちゃって」
山下とそう話をしていたら
「そういうドラマみたいに肝心なところを早く言わない人っているんだ・・・」
橋本が聞いていたようで割って入って来た。

「そう言われても」
「ちゃんと言わなきゃダメですよ。きっと葛西さんは勘違いをしてますよ」
「いや、葛西くん、曲作り始めたって言ってるしそれで時間が取れないんだよ」
「あーあ、出た出た。何故かとんでもない思い違いをしている女。これもドラマでよくあるやつだね」
「そうですよね、橋本先輩」
「そうですよ山下」

「ちょっと待ってよ。確かにちゃんと説明しなかったのは悪かったけど、なんでそんなに責められるの?」
「はぁ?いいですか先輩。葛西先輩は北野先輩が花火大会に先約があるって知ってショックだったんでしょうよ。花火大会なんですから大体はカップルで行くものでしょう?だから先約は男の人だと思ってショックを受けた。もしくは先輩の言うように葛西先輩が何も先輩に感情がないのなら『彼氏がいるのに二人きりで登校したり、河川敷であんなことやこんなことしてて申し訳なかった』って思っているんですよ」

「そうなの?」
「はい、そうです」
「間違いないね。なんで北野より、ほぼ会ったことのない山下の方が彼の気持ちを汲み取れているのよ」
橋本は辛辣だ。

「そうだったんだ」
「ちゃんと謝って、正しいことを伝えた方がいいと思いますよ」
「うん、そうする」
「やれやれだね」
「全くです」

 私は葛西くんと話をするために軽音楽部の部室を尋ねることにした。
「すみません葛西くんいますか?」
「いや、もういないけどどうしたの?」
対応してくれたのは部長だった。

「葛西くんと話がしたいなと思って」
「そうなのか。なんか今日は、と言うより最近元気が無さそうだったけど」
「元気がなかった?」
私がちゃんと話をしなかったからだ
「ついさっき帰ったから追いかけたら間に合うと思うよ」
「うん、ありがとう」
そう言って私は駆け出した。葛西くんの帰り道を私は知っている。
だけど知っているのに葛西くんとは会うことは出来なかった。

「先輩も浴衣着て行くんですよね?」
「うん、まぁね」
山下は気を遣ってくれている。今日は一日全然ダメだった。思うように行かない。それは昨日、葛西くんに話が出来なかったからだろう。

「北野、ちょっと」
橋本に呼ばれた。
「今日は心ここにあらずって感じだけどどうした?」
「昨日、葛西くんと話ができなくって」
「そんなことじゃないかと思った。今日は?」
「今日は練習休みみたいで学校には来てない」
「筒井、葛西と連絡取れるんでしょ?」
「うん取れるよ」
「北野が花火大会までに話がしたいって言ってるって伝えといて」
「いいけど、北野は連絡先知らないわけ?」
「うん、知らない」
「なんで?」
「聞いてないから」
「はぁ?」
確かに、何故私は葛西くんの連絡先を知らないんだろう。

 どうしたらいいのだろうか。
 いつもこの河川敷にいれば来てくれたのに、私はどうすることも思い浮かばず家路についた。

 翌日、家で母親に着付けをしてもらって浴衣姿になった。『我ながら可愛いじゃないか!』
 駅で待ち合わせをして筒井と橋本、部長の梅澤、伊藤、2年の星野に一年の山下もいる。

「先輩、遅いですよ」
「ごめんね!」
山下は金魚の柄の白を基調とした浴衣姿だ、とっても可愛い。部長と伊藤は紺色に赤色がアクセントになっているお揃いの浴衣。橋本は意外にピンクと白、私と筒井と星野は水色を基調とした涼やかな浴衣だ。

「だいぶ被ったね」
「ほんとですね」
「どんな浴衣を着るのかちゃんと聞けばよかった」
「ほんとほんと」
そんな事を話していると
「それでは行きましょ!」
部長が声をかけて私たちは会場まで歩く。慣れない下駄で少し痛い。
「うわ!すごい人ですね」
「山下来たことないの?やっぱり今年もすごいね」
「うん私ちょっと屋台周りたい」
「いいよ、部長!北野と筒井、抜けます!会場で合流で!」
「わかった!」
部長も楽しそうで良かった。
「なら私も行きたいです」
山下がそう言う。
「あ!部長山下も追加で!」
「わかった!」
部長は一切こっちを見ずに空返事のように言っているがちゃんと伝わっているのか?

私は山下と筒井と一緒にみんなから離れて屋台を回る。
「山下はよく食べるなぁ」
「筒井先輩は食べないんですか?」
「さっき唐揚げ食べたもん」
「あれ美味しかったですよね」
山下は唐揚げの後にすぐ焼きそばを買って食べていた。私はフライドポテトを食べている。

「うーん、やっぱり北野先輩元気ないなぁ」
「え?そんなことないよ?」
「結局葛西とは話が出来なかったの?」
「うん」
「まぁもうそうなったら仕方がない、今を楽しみましょう!」
「山下は人ごとだと思って」
「そりゃそうですよ、もう心配してもしょうがないし」

私は『確かにそうだ』と思って気持ちが少し楽になった。山下のさっぱりしたところは心強い、心配してもしょうがないよな。

「じゃぁ次行きましょうか」
「まだ食べるつもりなの?」
「もちろんです!」
半ば呆れながら私たちは歩き始めた。
『あれ?』そう思った瞬間、履き慣れない下駄にバランスを崩し足を取られ転んでしまった。
「いたぁ・・・」

「大丈夫!?」
聴き慣れた声がした。でも最近聞いていない声がした。

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