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小話 「おもい」

語り「彼らはもう、引き返すことはできない。人生を捧げた。【野球】しかなくなってしまった」

山田 校庭にてユニフォームを着てバッタースペースに入る
   手に持ったバットを強く握る

山田
(今年がラストチャンスなんだ……。リトル、軟式と努力して遂に強豪の天王塚高校に来たんだ。しかも推薦で!今年こそは、マウンドに__)

放たれたボールがバットの芯にあたり、大きな放物線を描いていく
それはグラウンドの奥のフェンスに直撃する

スミダ
「山田フェンス直ー、ナイスバッティン」
全員
「ナイスバッティンー」
監督
「山田」
山田
「はい、監督」
監督
「いい当たりだ、期待してるぞ」
山田
「!はい、ありがとうございます!監督」
監督
「」

その場を離れる監督
入れ替わるようにスミダが肩を小突く

スミダ
「調子いいじゃん、山田」
山田
「おう、これが最後だしな」
スミダ
「もうすぐメンバー発表だし、春季の大会も近いしな。気、引き締めていこうぜ」
山田
「ああ。絶対番号取ってやる」

カキン、とまた大きな音が鳴る

語り
「天王塚高校野球部はスマホの持ち込みを禁止している。多くの名門校はそうである。なぜなら『野球』に関係ないからだ。だが、寮に入っている生徒には、携帯電話の預かりを許している」

山田
「3年の山田です。親に連絡をしたいので携帯をお願いします。(携帯を渡されて)ありがとうございます」
西園寺
「山田さん」
山田
「西園寺か、どうした」
西園寺
「今日のバッティング、僕のどうでしたか?」
山田
「どう……、っていうのは?」
西園寺
「率直に改善点をお願いします。今日、いい当たりをしてましたので」
山田
「そんなの……、俺より上手いやつに聴けばいいだろ。スミダとか」
西園寺
「スミダさんには先ほどご指摘いただきました。腰のひねりが甘い、と」
山田
「ああ、なら一つある。お前細いんだよ。ちゃんと食ってんのか?」
西園寺
「ええ。しっかり白米は毎食三杯食べてますけど」
山田
「とにかく、今のままだったらパワー負けして夏生き残れねぇぞ。じゃあな」
西園寺
「なるほど、ありがとうございます」

母親に電話を掛ける


「A太。元気にしてた?」
山田
「おう。久しぶり。母さんは?みんな元気か?」

「ちょっと声聞かないだけですっかり大人になったね」
山田
「当たり前だろ?もう高三年だぜ」

「三年かぁ……。長かったような、あっという間だったような。早く会いたいわね」
山田
「……先週の練習試合でさ、俺レフト守っててさ」

「え⁉やったじゃない!」
山田
「ドンピシャで、アピールできたわ」

「すごいじゃない!」
山田
「何よりさァ、打撃来てる!自分でもびっくりするぐらい伸びてきてる!掴んだっつーか、今日も後輩からアドバイスくださいって。……監督にも褒められてさ。……期待してるって」

「さすがA太、今伸び盛りよ」
山田
「……」

「……?A太?どうしたの?」
山田
「俺、もう帰りたい……」

「え?」
山田
「家に帰りてぇよ!も……、もう苦しいよ……」

「A太」
山田
「期待なんてされてない!俺が3年かけてやっと!やっとつかんだことを、あいつは!」

グラウンド バッティング練習
初球にも関わらず西園寺が美しいスイングを見せる 放たれたボールはフェンスへと

西園寺
「……」
山田
(すげー西園寺。一年の癖にヨユーの柵越え。つか、場外じゃん……)
監督
「おお、すごいな西園寺」
西園寺
「いえ。それよりも今のフォームどうですか」
監督
「悪くはないが、腰のひねりが甘い。フィジカルがない分、お前はパワーと我慢が必要だ。それができるようになれば、お前に4番を託せる」
西園寺
「はい。ありがとうございます」
生徒①
「すごいな西園寺。監督にあそこまで言われるなんて」
西園寺
「いや。これぐらいやらなきゃ、甲子園で結果は残せないから」

山田
「西園寺はもう……中学でできてたんだ!いや、西園寺だけじゃない!フェンス超えるなんて……何人もいる。天王塚じゃ、当たり前なんだ!地元じゃ俺が一番だったのに、特待で入ったのに。なんで、こんな、ベンチにも入れないとか……。帰りてぇよ……」

「A太」
山田
「もう嫌だ。母さんの、カレー食べたい」

「……、なに甘えたこと言ってんねん。ここまで頑張ってんから諦めたらあかん。大丈夫!A太なら絶対レギュラーなれる。お母さん知っとるよ」
山田
「……うん。ごめん、もう大丈夫。ありがとう母さん」

電話を切る母 話を聞いてた父が母に近寄る


「A太は元気だったか」

「どうしよう。あの子助けを求めてんのに……、私、あんなことを……。か、帰りたいって。毎日ごはん作ってあげたいのに……!?才能があるのに、なんでレギュラー獲れへんの!?おかしいやん!」

「母さん」

「……ッ。ごめんなさい。私……なんで、こんな」

「大丈夫だ。あいつは今年こそ、レギュラー獲れる」

山田
「そうだ。大丈夫だ!俺だって伸びてるんだから。今年こそ、ベンチ、いやレギュラー獲るんだ!」

山田
(結論から言えば)

ミーティング 監督の手元には資料とユニフォーム それは試合用ユニフォームであった

監督
「西園寺」
西園寺
「ハイ!」
監督
「スミダ」
スミダ
「ハイ!」
監督
「……以上ベンチ含め18人。今年の選抜だ」

山田
(俺が背番号をつける日は三年間一度も訪れなかった)

西園寺 夜中に素振りをしている それを見た監督が近づいてくる

監督
「西園寺。こんな夜更けまで素振りか」
西園寺
「はい」
監督
「お前も休め。オーバーワークでもして体を壊すな」
西園寺
「はい」
監督
「西園寺。一年のお前がレギュラーを取ることの覚悟は、あるか」
西園寺
「はい」

山田
(嗚咽交じりに泣く)

語り
「硬式用グローブ5万円。スパイク2千円。ランニングシューズ1万円。アップシューズ1万円。公式用ユニフォーム2万5千円。練習用ユニフォーム1万5千円、公式試合用帽子2千円。バッティンググローブ3千円。会費、交通費、遠征費、エトセトラ……。年間50万円以上。彼らは親からの愛情を、期待を、裏切ったと思い込んでしまう。
この日から実質引退に追い込まれてしまう彼らにとって、背番号を奪うための戦いではない。新たな戦いが始まってしまう」

山田
「こんなはずじゃなかった」

語り最上級生にも関わらずチームのサポートに回る。笑顔で、チームを支える。傷は残るだろう。将来彼らは、一切『野球』を遮断してしまうかもしれない」

山田
「ナイスバッティング!」
西園寺
「山田さん」
山田
「ん?なんだ?西園寺」
西園寺
「俺、山田さんを甲子園まで連れていきます」
山田
「おう、期待……。俺を、連れてけ」

語り
「それでも誇り高い【球児】であるために。自分が選んだ『野球のために」

                                 終



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