見出し画像

極真空手の黒帯登録

真相究明に向かう

 昇段状と雑誌へのレポート掲載もなく、それから1年程すると、別の黒帯指導員が来ることになり、5年間くらい指導していた前任の黒帯指導員は他の道場に転属することになりました。
 私は一度だけ、
「先輩、昇段状はまだ来てませんか?」と、聞いたこ
 とがあり、
「もう少し時間がかかると思う」と言われました。
 私はお世話になった先輩に、何度も聞けず、その
先輩とはそれから会うこともありませんでした。

 それからさらに1年経ち、極真会館の会員制度というものが出来ました。これは、道場生の義務として毎年1万円を納めなければならないというものでした。その際に銀行カードのようなプラスチック制のカードが発行されていました。私の場合は黒帯なので、ゴールドカードならぬ黒帯カードという赤いカードをもらえるはずでした。ところが登録されていないので発行出来ないという連絡を受けました。

 私のショックは相当なものでした。
昇段の際に登録料として3万円を支払うのですが、以前、どこかの道場でそれをネコババされたという噂を聞いたことがありました。でも、まさかそれが私に起こるとは思いませんでした。
 僕はショックを受けながらも後日、池袋にある極真会館総本部道場まで足を運びました。本部道場には坊主頭の内弟子が2人、門番のようにして立っていました。ただ立っているだけでなく、コンクリ製の壁に拳をコツコツ当てているのも慣例でした。内弟子の一人に来た旨を伝えると、アポを取っていたので事務員を兼ねていた本部内弟子の黒帯が出迎えてくれました。本部道場の玄関前にあったベンチで事情を説明して、もう一度台帳を調べてもらいましたが、結局登録されていないことがわかりました。
 せっかく来たので、その黒帯と世間話などしてから帰りました。
仕方ないので、私はそれから前任指導員だった黒帯の先輩に連絡することにしました。本人は埼玉で教えていることを噂で聞いていたのでその道場に連絡してみました。
 すると、本人が出たので連絡した経緯を話すと、
「事情をきちんと説明したいから埼玉の道場まで来て欲しい」と言われました。

ようやく黒帯の登録へ

 後日、川口にある道場まで足を運びました。最初に内弟子が迎えてくれて、案内された部屋に行ってみるとその先輩がいて、神妙な顔をしていました。

私が切り出す前に、
「本当にすまない、許してくれますか?」
「実は当時、300万円の借金があって」
などと説明されました。私は呆れて怒る気にもなれず、
「わかりました。とにかく、登録を早くして下さ
 い」
と言うと、
「わかりました。明日にでも池袋の本部道場に行きます」と返答されました。
 それから約一ヶ月後に黒帯カードは自宅に、昇段状は道場に届きました。その時には私も勤め先の学校の関係で埼玉の宮原道場という、大宮近くの道場に通っていました。現在大宮道場の師範をしている、ホスロ・ヤクビ師範とも一緒に稽古していました。その時の道場責任者が、
「なんで今頃昇段状が届いたんだろう?」とボヤいていたのを覚えています。
ただ、それでも納得がいかなかったことが一つだけありました。
どうしようもないことですが、昇段授与者の名前が「松井章奎」になっていたのです。松井館長は世界大会のチャンピオンだったし、私もお世話になったので決して嫌ではないのです。
 しかし、私が昇段した時は大山倍達総裁がご存命で昇段状も大山倍達の名前が入るはずでした。
極真空手を始めたのも大山倍達先生に憧れがあったからでした。でも、私はポジティブシンキングでいくことに決めたのでした!

次回は、「那須川天心がいた道場に転属」 の話をしたいと思います!


「イギリスで空手家を目指した英語教師
       〜遥かなる地での挑戦記〜」
https://amzn.asia/d/39Rblxn

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?