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懐かしい味

 子どものころから、ずっと麺類が好きだ。スパゲッティーでも、うどんでも、焼きそばでも、ラーメンでも、ビーフンでも。
 好きになったのは、一人前の料理を食べた後の満腹感が、米より感じにくいからじゃないかと思っている。

 幼少期から神経質で、心配性だった。今でもそうだが、嘔吐恐怖のような感覚があって、食べすぎたときに起きる吐き気が恐い。そのせいか、ふだんの食事も細く、体重も軽かったので大人たちには心配されていた。胃の消化力も弱かったのだろうし、ストレスも強かったのだろう。
 そんな私にとって、丼ものやらカレーライスやらは、とうてい食べきれないメニューだった。給食を残さず平らげるのも難しい。楽しそうにおかわりじゃんけんをしているクラスメイトの横で、ため息を逃がしながらぽそぽそ食べていた。だが、麺類ならわりと食がすすんだのである。
 高校を過ぎたあたりから、通常の量を食べられるようになったが、それでも麺好きなのは変わらない。

 体がやたら疲れているときに食べたくなるのは、きまっておうどん。カツオとワカメのお出汁が体中にしゅーっと染み入って、こわばった肩の力が抜けていくのがわかる。おうどんには、ぜひ、ねぎを散らしたい。そうしておつゆをすすって元気が少しずつ戻ってきたら、ぱらぱらと揚げ玉を振りたい。それから、どさっと納豆を沈めたい。納豆はつゆにコクを加えてくれる。宝探しのように、ばらけた納豆を拾いながらつゆをいただくのが、また楽しい。

 この納豆うどんは、父の味。仕事が忙しく、滅多に子守をすることのなかった父が、私と二人でお留守番をしたことがあった。そのときに作ってくれたおひるごはんが、納豆うどんだった。いつも苛立っていて、ヒステリックに怒るような父だったが、おうどんの湯気の前ではにこやかだった。
 父も毎日仕事に追われてイライラしていたようだったから、やはりおうどんのお出汁に救われていたのかもしれない。

 

 

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