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まっちBOX Street 02 掌編小説

まっちBOXstreetという掌編について
1995年から2001年まで、福井県の無料自動車情報誌に連載していたものです。
当時の編集長がいろんな記事を乗せたいとい出して書き出したものです。当時のデータがあり、そのままの形で転載します。車が、、古いなぁ。
もし、現在のコンプラに抵触するものがあったらごめんなさい(^_^)
73編あるのでぼちぼち公開します。


No2ついて 1995年7月
スターレットかぁ。懐かしいの一言。今なら、軽自動車にしてしまうんだろうけど。


No2 彼女のスターレット

あんなこと言わなきゃよかったかな。敦子はちょっと後悔していた。
早い車が好きですなんて。それもお見合いの席だ。相手はまあまあ。悪くもないが良くもない。しかも、車が好きですなんて言ったおかげで、僕もスポーツカーに乗ってるんですときたもんだ。
「よかったら、家までお送りしましょう」 彼はそういって、スカイラインのキーを取り出したのだ。

たしかにスカイラインは早いかもしれない。でも、GTS25はどうだったろうか。ATだって、使い方次第で早いときもあるだろう。それでも、Dレンジ以外も使ってのはなし。広くなった分、大きく重くなったはずだし、第一乗り心地が良すぎる。
「怖くないですか。ちょっとスピード出しすぎかなぁ」
お見合い相手、幸雄くんは自慢げにステアリングを握っている。
「大丈夫ですよ」
「じゃあ、もうちょっと飛ばそうかな」
夜のバイパス国道はすいている。プラタナスに囲まれた4車線はきもちいいくらいだ。ただ、大型が追越し車線まで塞いでいることもあるし、異常に飛ばしている大型もいる。そんな大型は信号無視をしやすいので後ろにつく場合は要注意だ。それに、そこそこ飛ばしている普通車も多い。
直線だからなぁ。排気量が多いほうが有利よね。腕はあまり関係ないかも。敦子はあくびをこらえながらじっとしていた。
「気分悪いですか」
幸雄が心配そうに言った。その言葉の裏側に下心がちらちら見える気がした。

スカイラインは別に嫌いな車ではない。1964年、鈴鹿で行われた第2回日本GPの事は敦子もよく知っていた。
プリンスが必勝を期して送り込んだのがスカイラインGTなのだ。1500のベース車両に2000cc165馬力のエンジンを組み込んだ怪物マシン。
だがレースには当時世界最強のポルシェカレラ904が参戦してくる。860キロの車体を180馬力で動かすレースカーだ。だが、スカイラインはレース中一歩も引かず、逆に1周以上もトップを快走するのだ。国産が世界トップに並んだとしてスカイライン伝説がここから生まれたのだ。
「へえ、最初のスカG伝説ね」
幸雄がうれしそうに言った。
「実際は、ポルシェが周回遅れに引っ掛かって、スカイラインが前に出たんだよ。すぐに抜かなかったのは、レーサーが1周は前を走らせてよと、レース前に冗談まじりにお願いしたからとか」
でも、ラップレコードはあまり変わらなかったのよ。敦子は付け加えたかったが、だまっていた。言ったら幸雄を嬉しがらせるような気がしたのだ。
「ねえ、私の車でドライブしない」
代わりにそういってしまった。走りたくって仕方がない。

「へえ、かわいい車だね」
幸雄は赤いスターレットに乗り込むといった。いい体格をしているせいか、狭そうに見えた。
「可愛いだけじゃないのよ」
敦子はそういって車に乗り込んだ。体になじんだシートが心地よかった。
キーを回す。エンジンが目を覚まして、身震いする。それは、自分の身震いのような気がするのだ。
「へえ。マニュアルなんですね」
感心したように幸雄が言った。なにも言わないうちにきちんとシートベルトをしめている。それは、まあ合格にしてもいいだろう。でも、あわてないでよね。敦子は心のなかで呟いていた。

いつものコース。でも、今日は夜の闇のなかだ。街から一気に山道を駆け抜ける。
1300ccのエンジンが唸りを上げる。だが、足回りがエンジンのパワーに勝っているセッティングのためか、不安は感じない。小柄な車体はむしろ小気味よいほど曲がってくれる。
良く走る車というのは、エンジンのパワーがあればいいというものではない。パワーを受け止める足回り、ボディ剛性、ステアリング特性、ブレーキの効き、タッチなどのトータルバランスが問題なのだ。
そして、走っているのだという感覚を与えてくれる車。安定感があり過ぎる車は、早くても敦子にとってはあまりおもしろい車とは言えないのだ。
後ろから直線になると近づいてくる車も、コーナーになるとすこし離れる。
敦子のドライブはそれほどスピードを出しているというものではない。だが、車を走らせているという感じがする。そして、敦子自身もそういうドライブが好きだった。
「排気量が小さくても、ワインディングロードなら負けないんだから」
「本当にそうですよね」
以外にのんびりとした声で幸雄が応えた。怖くなって、ちいさくなっているかと思っていたのだ。
「スカイラインじゃこうはいかないでしょう。安定しすぎちゃって、自分がコントロールしてるって感じがあまりしないんじゃないの」
「そうかもしれませんねぇ」
「スカイラインを乗りこなしている人なら、コントロールしているんでしょうけど」
これはいやみだった。でも、幸雄は平然としているようだった。もっとも夜の闇のなかでは顔色までは分からない。
「アウトに膨らみすぎるでもなく、インにつきすぎるのでもない。対向車や人がいても回避できるように走ってますよね。感心だなぁ。安心できますよ。それに、コーナーの深さに対してハンドリングが一発で決まっている。けっこう走り込んでますよね」
なかなか言うではないか。いやいや、これくらいで見直してはいけない。
スターレットは、途中にあるちいさな市街をさけて国道をそのまま走っていく。通称『ダム峠道』である。
「あの…」
始めて、幸雄が小さな声を出した。
「どこまでいくんです?」
「さあ。どこまでいこうかしら」
「このままだと、ダムにでますよ。まっくらな道ですよ」
「じゃ、ダム湖までいこうかしら。車もいないし。それとも、真っ暗な道は怖いのかしら」
「とーんでもない」
幸雄の声ははずんでいた。
「それなら、いちど運転を変わってくれませんか。僕も、その、走りたくなったもんで…」

タコメーターの針は、グンと跳ね上がったかと思うとなかなか落ちない。もちろん、レーサーのように、エンジンのいちばん美味しい所で止まっているわけではないが、かなりエンジンのパワーを保っているように見えた。
車のいない道を、充分に運転を楽しんでいるようだった。
コーナーに進入する。ハンドルをぐっと回す。かすかにタイヤの鳴く音がした。それも、途切れるのではなく、連続した音だ。もう、この車の特性をつかんでいるのだ。
体がぐっと右へ左へと押しつけられる。
そして、加速感。自分の車の、それも助手席で味わうというのは、変な気分だった。
「本当に可愛いだけじゃなくて、楽しい車ですよね」
いきいきとした声だった。
「持ち主と同じですよね。きっと」
彼が、頭をかくのが見えた。照れているのだ。
「驚いた。運転、うまいんですね」
これは、正直な気持ちだった。
「いい車ですからね。こういう車好きです」
顔がぽっと赤くなるのが分かった。

巨大なダム湖はしんとしている。月明かりが湖面に輝いていた。空を見上げると、満天の星空。こんなにも、星があったのだ。こんなに満ち足りた気分で星を眺めたことなんて無かったような気がした。
「はい珈琲」
幸雄の差し出した缶珈琲を、敦子は受け取った。あたたかかった。
「なんだか、さっきと別人みたいですね」
「え? そうかなぁ」
幸雄は照れていた。
「あなたこそ、運転しているときはいきいきとしてましたよ。車、本当に好きなんですねぇ。速い車が好きっていっても、たいていは値段で決めちゃうのが女性だなんて思ってました」
「そう思われるのっていやなんですよ」
「でしょうね」
幸雄はぐっと珈琲を飲み干した。
「よかったら、次は僕のロードスターで来ませんか」
「え? あのスカイラインは?」
「親父が、こっちの方が女性に受けるだろうって貸してくれたんですよ。飛ばすなって言う条件付きで」
幸雄は楽しそうに笑った。

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